『大日本維新史料 編年之部』 3編 3 安政5年3月1日~同月20日 p.549

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

を、土岐丹州へ被仰遣たるに、丹州より之御請如左、, しは不仕候、御安慮可被成下候、詰中亂書奉恐入候、頓首、三月小盡、, よしを申上たるに、公さらはせん方なけれは、納言殿の先達るの建議は如何ありしやら, 上可申候、しかし是は何分急度御請は申兼候、勿論君公よりの御談と申義は、決して洩, 城、退出も多分遲く可相成候間、明朝竹腰面會にて談可申候間、左樣思召奉願候、以上、, 今早朝ニ上野へ出、夫ゟ道中奉行寄合罷出、夫ゟ登, 面は何分無之候得共、竹腰は格別懇意にて、隨分國事も熟居候間、どうか引出し、明夕に, ん、夫をたに見は大約の心得は知らるへけれは、納言殿の建白あらは、御覽なされたき由, 今朝之御書、宅ゟ途中迄差越、駕中にて拜見、登城之上、殿中ゟ御請申上候、縷々御覽, 郎か來るともすへけれは、今日は對面適ひかたきよしを申出したれは、本意なく歸りて其, 依ふ折角被仰下候得共、右書, 四月三日、, 察之通り恐入候事共、唯々長歎之外無之、扨被仰下候尾公建白御書面之義奉畏候、, 〔徳川慶恕戊午春日記〕, 何方にも扣は無之、本書ハ京師へ廻り候哉と奉存候、蓋洩候を恐レ候てなり, 建白書ハ、御下ケ有之ても、宅下ケハ勿論、寫取も嚴禁こいたし候ニ付、更〓, 都な, 諸侯, ○侯爵徳川, 義親所藏本, ト欲シ土岐, 建白ヲ覽ン, 慶永慶恕ノ, 頼旨ニ諮ル, 安政五年三月十六日, 五四九

割注

  • 何方にも扣は無之、本書ハ京師へ廻り候哉と奉存候、蓋洩候を恐レ候てなり
  • 建白書ハ、御下ケ有之ても、宅下ケハ勿論、寫取も嚴禁こいたし候ニ付、更〓
  • 都な
  • 諸侯
  • ○侯爵徳川
  • 義親所藏本

頭注

  • ト欲シ土岐
  • 建白ヲ覽ン
  • 慶永慶恕ノ
  • 頼旨ニ諮ル

  • 安政五年三月十六日

ノンブル

  • 五四九

注記 (26)

  • 1488,624,61,1279を、土岐丹州へ被仰遣たるに、丹州より之御請如左、
  • 789,691,64,1726しは不仕候、御安慮可被成下候、詰中亂書奉恐入候、頓首、三月小盡、
  • 1720,631,68,2217よしを申上たるに、公さらはせん方なけれは、納言殿の先達るの建議は如何ありしやら
  • 905,690,69,2168上可申候、しかし是は何分急度御請は申兼候、勿論君公よりの御談と申義は、決して洩
  • 558,687,67,2139城、退出も多分遲く可相成候間、明朝竹腰面會にて談可申候間、左樣思召奉願候、以上、
  • 675,685,58,1254今早朝ニ上野へ出、夫ゟ道中奉行寄合罷出、夫ゟ登
  • 1020,683,70,2170面は何分無之候得共、竹腰は格別懇意にて、隨分國事も熟居候間、どうか引出し、明夕に
  • 1604,627,67,2228ん、夫をたに見は大約の心得は知らるへけれは、納言殿の建白あらは、御覽なされたき由
  • 1371,676,67,2181今朝之御書、宅ゟ途中迄差越、駕中にて拜見、登城之上、殿中ゟ御請申上候、縷々御覽
  • 1833,624,69,2220郎か來るともすへけれは、今日は對面適ひかたきよしを申出したれは、本意なく歸りて其
  • 1145,2129,61,729依ふ折角被仰下候得共、右書
  • 205,632,57,248四月三日、
  • 1254,679,69,2068察之通り恐入候事共、唯々長歎之外無之、扨被仰下候尾公建白御書面之義奉畏候、
  • 315,607,68,631〔徳川慶恕戊午春日記〕
  • 1123,681,49,1429何方にも扣は無之、本書ハ京師へ廻り候哉と奉存候、蓋洩候を恐レ候てなり
  • 1167,683,49,1446建白書ハ、御下ケ有之ても、宅下ケハ勿論、寫取も嚴禁こいたし候ニ付、更〓
  • 1298,2772,39,81都な
  • 1253,2774,43,82諸侯
  • 352,1249,32,155○侯爵徳川
  • 317,1249,34,155義親所藏本
  • 1531,261,45,208ト欲シ土岐
  • 1584,255,43,205建白ヲ覽ン
  • 1633,256,43,204慶永慶恕ノ
  • 1483,253,42,208頼旨ニ諮ル
  • 106,743,43,385安政五年三月十六日
  • 113,2383,42,119五四九

類似アイテム