『大日本維新史料 編年之部』 3編 4 安政5年3月21日~同年4月9日 p.589

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〔老中松平忠固達〕, 是は跡ゟ一見に及ふへし、肥後も今日歸府にはあれと、直と私宅へ歸りて、明日登城する, 筈なれは、今夜肥後か許へ行て、書面も見せて談し候へし、此由を御請こ及ひたると申上, せし書面を指出せしに、鴻臚申されしは、今朝は早登城なれは、書面を見るに遑あらねは、, 四月, 麁忽に披見に入れては、却る嫌疑を生し可申勢ひなりと歎息せられたり、, の事情を委敷知られすして、輕易に思ひ取り居られ候か心痛き次第なる故、書面なんとも, 間、取早彼地え相越候ニ不及候事、, よかしと申されて、公の御厚志の程を返す〳〵も感歎せられて、兎角閣老衆には、京都, 四月四日、早朝永鴻臚の許へ行きて對面の上、仰の趣將筑州の申されたる由を述て、抄寫, かせよと仰する故、夜も寢すて左内か書面の忌諱に觸るへき處々を省きて抄寫せり、, 御用有之、中歸被致候処、備中守殿、去ル三日、御暇被仰出、同五日、京都發足之事こ候, 四月十一日、伊賀守殿御渡、, ○四月十一日目付岩瀬忠震へ, 岩瀬肥後守え, ○東京帝國大學所藏本, 幕府沙汰書所〓, 岩瀬忠震再, 罷ム, 度ノ上京ヲ, 安政五年四月四日, 五八九

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  • ○東京帝國大學所藏本
  • 幕府沙汰書所〓

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  • 岩瀬忠震再
  • 罷ム
  • 度ノ上京ヲ

  • 安政五年四月四日

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  • 五八九

注記 (22)

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