『大日本維新史料 編年之部』 3編 7 安政5年5月11日~5月晦日 p.203

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同廿九日、くもる、, 一五時、目覺、朝飯二ツ、一土州・越前へ出す、, 出來し以後は、〓堂の樣も一變して、西城の御事に異説の起りたるも、大老の議に出るに, 四月廿八日、如例御登城あり、, といへる奸物の附添ありて蠱惑せるなれは、伊賀なたに黜けなは大老は土偶人の如くな, は有へけれと、素より大老は不學無術の人なれは、さしたる伎倆はあるましけれと、伊賀, 一、此日御退出より遠江守殿と御一處に、土佐殿へ御出ありて御談しありけるは、大老の, 一七時過、越前家來用事にて參り、, 四月廿八日、雨、, 歸りかは、少御用有之、大屋形樣被爲入候事、一酒上る、一九半時、御歸り、一出坐、八時, いろ〳〵用だんいたす、一昼飯三ツ、一八時過、土州方立ち、有馬へ參り逢候、, 直ニ出坐、逢候事、一暮過、奧へ參る、夜食二ツ、一かきものする、, 時歸り候、ネとなく奧へ參り面すむ、, 一七時、目覺、水、朝飯二ツ、一六時、出門登城いたす、下りより、土州方へ、越前と參り、, 〔昨夢紀事〕, 過、寢、, 一四, 一五半時、井伊御, ○中, ○中, ○中, 略, ○中, 略, 略, 略, 斥ノ策謀, 慶永ト高知, 藩邸ニ赴ク, 松平忠固排, 安政五年五月十三日, 二〇三

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  • ○中

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  • 斥ノ策謀
  • 慶永ト高知
  • 藩邸ニ赴ク
  • 松平忠固排

  • 安政五年五月十三日

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  • 二〇三

注記 (32)

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