『大日本維新史料 編年之部』 3編 7 安政5年5月11日~5月晦日 p.751

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せり、, 武家は、, 方へ御入の折柄、其れか女房の内と猥りかはしき御事ありしか、近き比發覺して、一の人, 諸有司も職分に打はまりて精勤すれは、一入御都合宜きなとしたり顏に申さる、京都の事, ありて御相談あり度よし, ニ就ても、今後の御處置を被爲問しに、いつれに大變革なくては適はさる事にて、近比は, 承知には候へと、猶能く御考ありて、御草稿もて御相談もあるへき歟の由を仰述られ、夫, 一、此夕、平山謙二郎左内か許へ來りて、關白殿兼〓好色の癖坐せしに、御女なる女御の御, は如何なさるにやと問はせ給ふに、御使の人に乏しけれは、所司代を御呼下しにて、能々, の議をのみ押立て、, のあるへき筋ならねは、其罪によりて遠からす褫職にもなるへきとの沙汰ある由を密話, 五月廿七日朝、松平伊賀守殿へ御出あり、先つ專と水戸前中納言殿御建白御引直の事、御, 申含めて申上させ、御許容の事は奉書にて申越ても濟むへく、且此頃命せられたる御附, たれと、公嫌疑も坐さねは御入ありても然るへきよし田宮彌太郎もいへれは、近日御出, 五月廿六日、安島彌次郎より師質へ手簡にて、遠江守殿市ケ谷へ御出之事は御斷りになり, を申越したり、, 一ト氣象ある者候へは、大方は行屆き申へくとこそおもひ候へと、唯關東, 大久保右, 近將監, ○中, 略, ヒ時事ヲ談, 平忠固ヲ訪, 松平慶永松, 勅諚ノ事, ズ, 安政五年五月二十八日, 七五一

割注

  • 大久保右
  • 近將監
  • ○中

頭注

  • ヒ時事ヲ談
  • 平忠固ヲ訪
  • 松平慶永松
  • 勅諚ノ事

  • 安政五年五月二十八日

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  • 七五一

注記 (28)

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