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前近景の御刀をたまふ、これ御受職のゝち、はしめ之入國乃暇賜ふによ, 任す、寶永五年閏正月二十九日こふて廣島におもむき、父か病を看す、二, 月十三日文昭院殿御受職のゝち、はしめて入國の暇をしまふのとき、則, 包の御刀を拜賜す、七年十月十五日代官町乃普請をはとめしにより、時, りてな李、四年五月十一日淺野又六郎長經卒し〓嗣なきにより、其遺領, 日有章院殿御代、はしめそいと〓たまふのとき、青江定次の御刀を賜は, 十八日襲封を謝するのとき、家臣五人御前にいりる、後例とす、是日父か, いらす、十一月朔日安藝守にあらたむ、十二月十八日侍從に任し、六年四, を鎭めしことを賞さられて仰をかうぬる、四月十五日有徳院殿より備, 遺物貞宗の短刀、をよひ虞氏の茶壺、文昭院殿に正宗の短刀を獻し、御臺, 月二十二日奉書もて父の喪を吊さらる、三月二十六日遺領を繼、四月二, 〓、享保二年正月二十七日先に丸山より失火さしとき速に出馬し、こ〓, 所に二條爲右筆の後撰集、御簾中に光嚴院御製の和歌集宸翰一卷をま, 服三十領をたがひ、二十五日家臣等にも物をたまふ、正徳三年四月十六, 五万石を吉長に還したまふ、十月二日奉書もて、室の喪を吊はさたまひ、, 附録, 五八六
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- 附録
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- 五八六
注記 (17)
- 401,739,59,2142前近景の御刀をたまふ、これ御受職のゝち、はしめ之入國乃暇賜ふによ
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