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に候す、後代々例とす、八日襲封を謝するのとき、家臣七人御前て出あ、こ乃日父の遺物當, 六日老中松平伊豆守信綱をもつて父か喪を弔らはせ〓まふ、九月三日遺領を繼、大廣間, 刀を恩賜せらる、万治元年七月十三日、父忠宗所領にありて病にかゝるにより、いとまた, まはり、仙臺におもむかんとて、小山乃驛にいしるのとき、訃音をきゝて江戸にかへ御、十, 字を〓ばはり、綱宗と名のり、從四位下侍從に敍任し、美作守と稱す、こ乃日備前正恒の御, 以承應三年十二月二十二日、嚴有院殿乃御前において元服し、御諱の, 寛永十七年仙臺そ生れ、乃ち嫡子となる、正保三年八月四日はしめて大猷院殿るまみ, 秋をしず病を〓法〓させたまふ、九月八日父に先〓ちて卒す、年十九、要山透關圓通院, 母は櫛笥家乃女、嫡母の養ひとなる、, あたへられ、多たゝひ田村乃家况おこす、こりいま紀三郎敬顯か祖な毛、系は新家坂上氏, 七歳, 田村の譜にみやたり、, あたへられ、第かゝひ田村乃家戍おこす、これいま紀三郎敬顯か祖なり、系は新家坂上氏, 家臣鈴木七右衞門某の養子となり、綱村かときにい〓り、其所領のうち三万石をワかち, 巳之助藤次郎美作守陸奧守侍從從四位下左少將致仕後若狹守, 號す、松嶋に葬る、のち思宗光宗か〓めにか乃所に寺を建あ、圓通院といふ、二十一日奏者, 時了, 附録, 五九八
割注
- 七歳
- 田村の譜にみやたり、
- あたへられ、第かゝひ田村乃家戍おこす、これいま紀三郎敬顯か祖なり、系は新家坂上氏
- 家臣鈴木七右衞門某の養子となり、綱村かときにい〓り、其所領のうち三万石をワかち
- 巳之助藤次郎美作守陸奧守侍從從四位下左少將致仕後若狹守
- 號す、松嶋に葬る、のち思宗光宗か〓めにか乃所に寺を建あ、圓通院といふ、二十一日奏者
- 時了
柱
- 附録
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- 五九八
注記 (19)
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