『大日本古文書』 幕末外国関係文書 1 嘉永6年6月~同年7月 p.559

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り、此蒸氣船は、船ニ車見えす、馬場其故を問、彼云、我國も固は餘國と同し船の, として、長崎應接役馬場五郎左衞門等本船え參り候處、幸の〓蒸氣船の働を, 能々見給ふへき由申、然ルニ余國の蒸氣船は、都〓船の左右に車を仕懸ケし, 横腹に車を掛ケ重ねしか、或時廣東え行しに、彼國ニあ入立せしと、川上より, 魯國使節本國え用向有之、蒸氣船近々出帆致し度由申出、依之其節出帆檢使, 入し事條も、假令免許なきとても、此方より戰爭之〓は企不申、去なから御打, た多官人の前に出、懇懃之禮節を述て引退しとなり、然れは使節は余程高官, 之者と見えたり、或時使節應接の者え物語に、亞墨利加嘆〓〓等は、兎角強暴, 苧を亂して流すこと凡數里、腐爛して車ニ纒ひ付、更に運轉せす、大ニ難澁に, を紅毛國王の室とせし親族の國たなニ付、斯は計ひたな之、カビタン彼船へ, の風儀ニな有之、聊の〓を詞として戰爭を開く、我國は然らす、今度貴國え申, 罷越し、相贈第多、直ニ受納せり、其節カビタンに差添遣した多者見聞せしに、, 拂とあらは、其御打拂の廉は一應可承なり、決ふ此方ゟ手出しは致さすよし、, 在留の甲比丹使節布恬廷えは禮も出來不申樣子ニ〓、使節ゟ四五人目に居, 在留之カビタンへ申含め、彼ゟ贈り候趣ニ致し遣す、尤當時魯西亞國王の娘, 戰フノ意, 評ス, ナシト唱, 使節英米, ノ國風ヲ, 蒸汽船ノ, 車ノコト, 嘉永六年七月, 五五九

頭注

  • 戰フノ意
  • 評ス
  • ナシト唱
  • 使節英米
  • ノ國風ヲ
  • 蒸汽船ノ
  • 車ノコト

  • 嘉永六年七月

ノンブル

  • 五五九

注記 (24)

  • 475,545,58,2285り、此蒸氣船は、船ニ車見えす、馬場其故を問、彼云、我國も固は餘國と同し船の
  • 707,544,60,2295として、長崎應接役馬場五郎左衞門等本船え參り候處、幸の〓蒸氣船の働を
  • 591,538,58,2299能々見給ふへき由申、然ルニ余國の蒸氣船は、都〓船の左右に車を仕懸ケし
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