『大日本古文書』 幕末外国関係文書 1 嘉永6年6月~同年7月 p.756

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蘭人強て申聞候ニ付、然らは先年姫路にて承り候ボンベン之譯柄承り度, しの上、吟味ニ相成候所、素より御國禁を犯し候筋も無之、會所之御金を引, 勝手向之世話なと致し居、田安殿へも御雇に相成候得共、無程御差〓ニ相, 盡し、厚く世話致し遣し、全快致し候ニ付、右禮謝として、何品にても望候樣, 勤、御用立候者之由、乍併多慾之〓人にて、不正之取計有之候得とも、御憐, 負致候趣ニて、御預ケニ相成候由之風聞承及候、扨又先年四郎大夫義、紅毛, 人ニ付添御當地え罷出候旅中、播州姫路にて、紅毛人城内之天守を見候て、, し可申との存込にて、高島四郎大夫儀を品々讒言致し候故、同人き御呼下, 成、其後右小左衞門儀、長崎奉行手附御雇被仰渡、彼地え罷越、自分之功を顯, 候故、其場は夫成ニ打過、其後長崎表にて紅毛人大病之節、四郎大夫信儀を, ル所、天保度御改革之折柄、浪人安藤小左衞門儀は、元町方與力御詮儀方相, 愍にて大番與力へ組替に相成、其後御暇ニ相成、大川端に浪宅を構へ、諸家, 用筋き勿論何事も同人引請候樣相成、自然人之用ひも宜敷趣ニ御座候、然, 段懇望致し候ニ付、蘭人も無余儀ボンベンき勿論、大炮之製作、隊伍の人數, ボンベンと申候儀を、四郎大夫承り、不審ニ存相尋候へとも、蘭人相答不申, 西洋砲術, 傳受ノコ, 衞門高島, 安藤小左, ヲ讒ス, 嘉永六年七月, 七五六

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  • 西洋砲術
  • 傳受ノコ
  • 衞門高島
  • 安藤小左
  • ヲ讒ス

  • 嘉永六年七月

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  • 七五六

注記 (22)

  • 293,616,65,2229蘭人強て申聞候ニ付、然らは先年姫路にて承り候ボンベン之譯柄承り度
  • 999,625,62,2227しの上、吟味ニ相成候所、素より御國禁を犯し候筋も無之、會所之御金を引
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