『大日本古文書』 幕末外国関係文書 15 安政3年9月~同4年4月 p.518

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て進み、猶鎭臺ニ逢度と申、セームール自身相越し候處、鎭臺不在を名といた, て、商人へ嚴しく御達相成候、右出來參り候頃は、乘人も御手當無之候も、何と, 御取扱振り、餘り尊大ニ候を、兼々夷人之〓居候哉之情相見候ニ付、深御勘考, も御不躰裁と存候、前以受業致し置、御船參り候はゝ、速に乘得候樣仕度事に, し逢不申、因て翌日より廣東ニ發砲いたし候由にて、支那の擧止愚を極め候, 覆轍、何と歟御評議も有之候樣仕度、昨年被仰渡條約中之條々甲比丹へ申談, 相聞候、然る處、對馬殿歸府後、傳習人は一二人と相成、御誂船も殊の外御急に, 有之度候、何と歟御改不相成候はゝ、後患難計候、當夏は御誂船も渡來可致由, 之御洪恩を蒙り候儀を重し居候て、御都合には宜しく御座候、此地を始、外夷, リンタの命にて遣し候て、談し候ところ、鎭臺不逢候由ニ付、無據官館を燒候, 事と被察候、右ニ付ても、近く英人此地へ可來事ニ付、御國にては、右樣之因循, 之事にては不宜候ニ付、甲比丹も心配〓たし申立候趣ニ御座候、實に前車之, 粗談決相成候得共、甲比丹も快事とは不存躰相顯も居申候、先々和蘭は舊來, 御座候、御誂之船第二之方は、アドレと申號を付ケ、近々是レも出來之由御座, 候、彼方にては、速にツたし度、却て御構無之候ては、實に御急き之物略之、眞〓, 外國處置, 置愚ヲ極, 大ニ過グ, 前車ノ覆, ノ態度尊, 人減ズ, 轍, 海軍傳習, 清國ノ處, 廣東砲撃, 安政四年二月, 五一八

頭注

  • 外國處置
  • 置愚ヲ極
  • 大ニ過グ
  • 前車ノ覆
  • ノ態度尊
  • 人減ズ
  • 海軍傳習
  • 清國ノ處
  • 廣東砲撃

  • 安政四年二月

ノンブル

  • 五一八

注記 (27)

  • 1699,545,65,2293て進み、猶鎭臺ニ逢度と申、セームール自身相越し候處、鎭臺不在を名といた
  • 524,550,62,2295て、商人へ嚴しく御達相成候、右出來參り候頃は、乘人も御手當無之候も、何と
  • 874,548,63,2295御取扱振り、餘り尊大ニ候を、兼々夷人之〓居候哉之情相見候ニ付、深御勘考
  • 406,554,64,2289も御不躰裁と存候、前以受業致し置、御船參り候はゝ、速に乘得候樣仕度事に
  • 1581,546,64,2297し逢不申、因て翌日より廣東ニ發砲いたし候由にて、支那の擧止愚を極め候
  • 1226,542,65,2310覆轍、何と歟御評議も有之候樣仕度、昨年被仰渡條約中之條々甲比丹へ申談
  • 642,549,62,2294相聞候、然る處、對馬殿歸府後、傳習人は一二人と相成、御誂船も殊の外御急に
  • 758,546,63,2297有之度候、何と歟御改不相成候はゝ、後患難計候、當夏は御誂船も渡來可致由
  • 991,548,64,2299之御洪恩を蒙り候儀を重し居候て、御都合には宜しく御座候、此地を始、外夷
  • 1820,549,63,2291リンタの命にて遣し候て、談し候ところ、鎭臺不逢候由ニ付、無據官館を燒候
  • 1462,540,66,2302事と被察候、右ニ付ても、近く英人此地へ可來事ニ付、御國にては、右樣之因循
  • 1345,543,64,2298之事にては不宜候ニ付、甲比丹も心配〓たし申立候趣ニ御座候、實に前車之
  • 1108,547,64,2293粗談決相成候得共、甲比丹も快事とは不存躰相顯も居申候、先々和蘭は舊來
  • 291,550,65,2297御座候、御誂之船第二之方は、アドレと申號を付ケ、近々是レも出來之由御座
  • 165,544,103,2293候、彼方にては、速にツたし度、却て御構無之候ては、實に御急き之物略之、眞〓
  • 905,269,40,172外國處置
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  • 1933,702,49,334安政四年二月
  • 1941,2439,46,119五一八

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