『大日本古文書』 幕末外国関係文書 1 嘉永6年6月~同年7月 p.787

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士に替り候事故、夫を我徳ある事よ心得、猶其上〳〵に經上ん事而已思ひ、對, も昔武功ありし諸士の面々も、いつとなく奢侈強、花麗風流の姿に變し、祖先, 客之登城前迚、輕薄にふけり、上にへつか以、賄賂を以て立身せん事を願ひ, かりにも文藝を學ひて、忠孝之道を立ん事をはからす、かゝる人のみ多く御, の忠勤も思はす、適御見出しに預り候者き、己か才能勝れたる樣に覺へ、我慢, 備も衰へ、流俗之弊ニ染之申候、殊ニ上の好む處下必位するの習ひにそ、さし, 上にも能々其才不才を御撰有て、其時々其品ニ寄、爰をは誰、かしこには彼と、, 申ニは無之、且大名御旗本ニ至迄、泰平ニ生れ、飽食暖衣に成長し候故、自然武, 強、衆を見下し申候、尤一階進み候得は、殿中晴成場にてき、衣冠其外取扱も平, る事、將軍御政事日本國中へ滿渡り、左すれき、國王同樣之義ニ候間、王政を, 用ひ有る故に、終にき隱に居て枝を折、流れを汲て源を〓らすに至りぬへし、, 候、天子は蒼天の高きに比して、只あふく計、諸事御政道き、將軍家より出, ひさせ給ふならは、十年の内には、必此風立直り、享寛之昔に歸り可申う奉存, 行はすしては叶ひ不申、當時之世粧は、誠に覇道の賤敷にて、孟子の申以力假, 治の御政道故、世祿之御家人今更二心有之もの迚き有之間敷候得共、心服と, ノ批評, 幕府政道, 諸士諸有, 司ノ氣風, 嘉永六年七月, 七八七

頭注

  • ノ批評
  • 幕府政道
  • 諸士諸有
  • 司ノ氣風

  • 嘉永六年七月

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  • 七八七

注記 (21)

  • 710,549,73,2297士に替り候事故、夫を我徳ある事よ心得、猶其上〳〵に經上ん事而已思ひ、對
  • 1060,551,72,2292も昔武功ありし諸士の面々も、いつとなく奢侈強、花麗風流の姿に變し、祖先
  • 592,556,72,2297客之登城前迚、輕薄にふけり、上にへつか以、賄賂を以て立身せん事を願ひ
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  • 943,554,72,2291の忠勤も思はす、適御見出しに預り候者き、己か才能勝れたる樣に覺へ、我慢
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