『大日本古文書』 幕末外国関係文書 1 嘉永6年6月~同年7月 p.802

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

盡て、是非なく下知に隨はず、上ゟ下知し玉ふ事不叶して、諸國我々持の街, 輕く成、其弊ニ乘し、外夷大に侵す事有へし、若彼侵す事を得すして歸りた, 一彼れ此度推ふ地方迄乘入候段、驕傲之至りニ候得とも、本ゟ我を蔑視致し、, ニ成るへし、此外いかやうの變あらん綴知るへからす、此難を思候はゝ、豫, て法を立むとせき、國中一揆發り、亂に亂を重ぬへし、一旦は武命之重き、人, 之者迯歸りたるは、如何とをする事なからん、彼等は餘義なき道理あり、強, をんより外之事あらし、五拾人百人之走り人ならば社法度も行はめ、一國, 備の事肝要たるへし、右等をてり合を考候へは、手荒き御所置は、當時の場, 彼等の船は堅實にして、海戰に練熟致し居候得は、若手荒き御取扱〓有之, 數を出すとも、重あ出す事能はじ、夫に又見ごりする人も有るへし、扶持米, りとも、跡は戰國となるへきか、公儀に向て敵する人はなくとも、粮盡力, なし路銀なしといりゝ、公儀ニも強く下知し玉ふ事叶ふまし、是ゟ武威, 所ニ而は、却〓宜かる間敷と奉存候、, 候は、戰爭ニ可及儀も難計奉存候、浦賀は咽喉之地ニ候處、沖合ニ船を留め、, 交易を許すの私議, 粗暴ノ處, ニ非ズ, 置ハ得策, 嘉永六年七月, 八〇二

頭注

  • 粗暴ノ處
  • ニ非ズ
  • 置ハ得策

  • 嘉永六年七月

ノンブル

  • 八〇二

注記 (20)

  • 986,623,78,2225盡て、是非なく下知に隨はず、上ゟ下知し玉ふ事不叶して、諸國我々持の街
  • 1223,622,74,2219輕く成、其弊ニ乘し、外夷大に侵す事有へし、若彼侵す事を得すして歸りた
  • 400,569,77,2289一彼れ此度推ふ地方迄乘入候段、驕傲之至りニ候得とも、本ゟ我を蔑視致し、
  • 871,633,73,2209ニ成るへし、此外いかやうの變あらん綴知るへからす、此難を思候はゝ、豫
  • 1574,625,74,2221て法を立むとせき、國中一揆發り、亂に亂を重ぬへし、一旦は武命之重き、人
  • 1693,628,71,2221之者迯歸りたるは、如何とをする事なからん、彼等は餘義なき道理あり、強
  • 1811,631,66,2214をんより外之事あらし、五拾人百人之走り人ならば社法度も行はめ、一國
  • 752,618,74,2224備の事肝要たるへし、右等をてり合を考候へは、手荒き御所置は、當時の場
  • 283,620,76,2219彼等の船は堅實にして、海戰に練熟致し居候得は、若手荒き御取扱〓有之
  • 1456,625,75,2222數を出すとも、重あ出す事能はじ、夫に又見ごりする人も有るへし、扶持米
  • 1105,622,74,2219りとも、跡は戰國となるへきか、公儀に向て敵する人はなくとも、粮盡力
  • 1340,631,71,2216なし路銀なしといりゝ、公儀ニも強く下知し玉ふ事叶ふまし、是ゟ武威
  • 643,620,67,1074所ニ而は、却〓宜かる間敷と奉存候、
  • 168,623,75,2227候は、戰爭ニ可及儀も難計奉存候、浦賀は咽喉之地ニ候處、沖合ニ船を留め、
  • 531,832,58,560交易を許すの私議
  • 817,273,45,171粗暴ノ處
  • 730,282,41,112ニ非ズ
  • 774,273,39,172置ハ得策
  • 1937,706,47,335嘉永六年七月
  • 1927,2443,41,118八〇二

類似アイテム