『大日本古文書』 幕末外国関係文書 2 嘉永6年8月~同年9月 p.285

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よきに計ふへしとの御事なり, 否を問へは、無滯松前ニ在と聞く心を安し、其儘嘉兵衞を伴ひて歸帆す、同, 夫より彼のシイモノフをして、魯西亞船の甲比丹に解せけるき、此方え捕, 々を燒拂し始末、專ら盜賊の所行にひとしき故、クナシリ島へ來れる甲必, 丹コロウイン以下六人を捕へ、糺問するに、右所行は其國政家之知らさる, 屋嘉兵衞乘組居たる船主をなためける故、祝儀の旗揚して和親を表せり、, 十酉年六月、クナシリ島へ渡來し、高田屋嘉兵衞を以在留七人と取替ん事, ナシリ島へ着船す、こなたゟ赤船乘込し故、魯西亞船にて驚駭せしか、高田, 藏々を燒拂、武器類米酒其外數多の諸品を奪ひ取り、リイシリ島に於て船, 魯西亞人共其儘に船をはせて、高田屋船へ乘移り、嘉兵衞を捕へ、七人の安, 船頭水主數多朱の日の丸を画しる帆を張て、順風に出船し、十日にしてク, へ置處の七人は、去ル寅卯兩年其國之船唐太ヱトロフ島へ渡來して、番屋, ともんちやくする所へ、クナシリ會所へ向只今戰爭に仕けんと支度せる, を訴ふ、松前鎭臺高橋三平をして此事を司らしめ、早々クナシリへはせて、, 同心五人在留魯西亞人, 内シイモノフと云者を召連、鎭臺の渡海船長春丸といへる赤船を卸より, (松前奉行支配吟味役〕, 通詞役上原熊太郎, 手附ニは庵原亮平, 露人又來, ヲ捕フ, リテ捕〓, 屋嘉兵衞, 請フ, ノ交換ヲ, 露人高田, 嘉永六年八月, 二八五

割注

  • 通詞役上原熊太郎
  • 手附ニは庵原亮平

頭注

  • 露人又來
  • ヲ捕フ
  • リテ捕〓
  • 屋嘉兵衞
  • 請フ
  • ノ交換ヲ
  • 露人高田

  • 嘉永六年八月

ノンブル

  • 二八五

注記 (28)

  • 1266,671,57,922よきに計ふへしとの御事なり
  • 1616,663,62,2228否を問へは、無滯松前ニ在と聞く心を安し、其儘嘉兵衞を伴ひて歸帆す、同
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