『大日本古文書』 幕末外国関係文書 10 安政2年3月中旬~同年4月中旬 p.42

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曩に此地に留在せる商船「ヨウング、アメリカ, に善く知る所なり、若戸田にて造建さる「スクー子ル, 爲彌君こ請ふて、此船の製造に就て費す所の數計を聞き知れり、其故は、若し, カビテイン, ー子ル」は、勉て速そ日本に送り返すへく、且ツ一隻の魯西亞船を以て導き來, を以て日本政府に報償すれは可ならんといふ〓を知るを得れはなり、「スク, て航海は多く異變有ものにして、戰爭ある時に當りては、殊ニ然るを以、中村, を、我輩の本國に歸, 此「スクー子ル」を返す能さることある時は、魯西亞政府にて、此船の代りに、何, 航する爲に假すことを許さは、政府の仁惠實に廣大なる〓し、○然れとも、總, るべし、但し、此船は、かの「スクー子ル」に乘り來れる人衆を再ひ魯西亞に載さ, 千八百五十五年第四月十七日, 眞譯, エ・ポウチャチ子, さしかとも、彼是の妨碍ありて、其事を果さゝりしは、日本政府においても、既, 歸る可き爲まり、, にて、我輩本國こ歸らんと欲, 戸田こ於て書す、, ホツシイト, 眞譯カピテイン, 名官, 安政二年, 船種, 三月十三日, の名, 船, 名, 官, 名, 人, 名, 名, 人, 艘ノ露, 新造船次, 却ノ爲メ, 船ヲ以テ, 導キ來ラ, 安政二年三月, 四二

割注

  • 安政二年
  • 船種
  • 三月十三日
  • の名

頭注

  • 艘ノ露
  • 新造船次
  • 却ノ爲メ
  • 船ヲ以テ
  • 導キ來ラ

  • 安政二年三月

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  • 四二

注記 (40)

  • 1866,610,60,1359曩に此地に留在せる商船「ヨウング、アメリカ
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