『大日本古文書』 幕末外国関係文書 11 安政2年4月中旬~同年5月下旬 p.18

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必定と見括罷在候故、もし又此度も只々尋常之御挨拶御座候はゝ、最早彼レ, 船も無之、且航海術盛ニ相成候節こ至り候とも、屹度萬國え渡海いたし候半, 割地奉貢等之儀を可申上は必然ニ有之、尤逐〓此方大船出來航海盛んニ相, 付候樣之始末ニ陷り、盆御扱振之始終を見透し、一〓々々と我慢之事とも申, 出、何樣之儀申出候とも、根強く申張候得は、外御處置方は無之、願意相遂候は, 而は不相成と申規則も無之事故、只今大船も無之折柄、右樣之事共被仰出候, 藩之内ニ〓製造出來いたし候軍艦爲差出、右船え可然もの共爲乘組、彼國之, 成候節は、萬國之海岸を測量いたし候半ゑは難叶儀ニ付、彼方申立をも御許, 此方ゟ本國政府え使〓差遣し、巨細之儀は政府え可及懸合旨申斷、右談判濟, 迄は、有無とも相扣候樣申達、其頃迄ニ御注文之軍艦御手こ入不申候はゝ、諸, 容有之候しも苦个間敷抔との評論も有之候へ共、差向外國え屡往來可仕大, しは、向々え之被仰譯迄と相聞、詰り虚飾に陷り、別〓因循偸安之風増長可仕, 御國法難相成段申達、彼承引不致候はゝ、兼〓彼理と談判之趣も有之候ニ付、, 船を先導とし〓被差遣、彼國政府え及懸合、篤と説得仕候はゝ、談判相屆候の, 儀こ付、何レこも五个月後渡來之節は、一應, 貢等ヲ求, ラン, ムルニ至, ハ割地奉, 測量ヲ許, ノ議, 外人終ニ, 米國ヘ使, スベシ, 節ヲ派遣, 〓ベシト, 安政二年四月, 一八

頭注

  • 貢等ヲ求
  • ラン
  • ムルニ至
  • ハ割地奉
  • 測量ヲ許
  • ノ議
  • 外人終ニ
  • 米國ヘ使
  • スベシ
  • 節ヲ派遣
  • 〓ベシト

  • 安政二年四月

ノンブル

  • 一八

注記 (28)

  • 1594,590,67,2258必定と見括罷在候故、もし又此度も只々尋常之御挨拶御座候はゝ、最早彼レ
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