『大日本古文書』 幕末外国関係文書 28 安政6年10月 p.403

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早長崎表出帆後と心得らるゝ間、其許迄申入置候、可然通達有之度候、謹言、, 達して、運輸之便利宜しきを以て、從來繁富之同港を開くへき心得ありしなれ共、此度亞, て、一港を開くへき旨、既に條約ニ於て議定せることくなれハ、越後州新潟港は、川筋四, ニ港を開くの都合ニハ至りかたし、猶開港の期限ハ、再議治定之上報告すべし、其段領諾, きの處、西北の海追々風雪の候に向て、通航易からされハ、條約ニ極めし如く、一月一日, 有之、貴國人民え普く通達有之樣被取計度存候、右は其領事官え可被申入筈なれとも、〓, 國ミニストルより、我事務宰相え申聞る趣もあれハ、猶他の港を再査して、商議ニ及ふへ, 以書翰申入候、然は來ル十二月九日、即其暦數千八百六十年第一月一日ゟ、西海岸におゐ, 溝口讃岐守, 新見豊前守, 村垣淡路守, 安政六年未十月廿五日, 安政六年未十月廿五日溝口讃岐守, 堀織部正, (, ), 外務省引繼書類之内, 米理堅徃復書翰留, 理由, 港ノ調査ハ, ナシ難シ, 米國公使ノ, 開港ノ期日, 新潟ヲ開港, 目下風雪ノ, ハ追テ報告, 場ニ選ビシ, 候ナレバ代, 異議, セン, 安政六年十月(一九一), 四〇三

割注

  • 外務省引繼書類之内
  • 米理堅徃復書翰留

頭注

  • 理由
  • 港ノ調査ハ
  • ナシ難シ
  • 米國公使ノ
  • 開港ノ期日
  • 新潟ヲ開港
  • 目下風雪ノ
  • ハ追テ報告
  • 場ニ選ビシ
  • 候ナレバ代
  • 異議
  • セン

  • 安政六年十月(一九一)

ノンブル

  • 四〇三

注記 (32)

  • 989,553,66,1991早長崎表出帆後と心得らるゝ間、其許迄申入置候、可然通達有之度候、謹言、
  • 1572,554,67,2297達して、運輸之便利宜しきを以て、從來繁富之同港を開くへき心得ありしなれ共、此度亞
  • 1690,557,68,2290て、一港を開くへき旨、既に條約ニ於て議定せることくなれハ、越後州新潟港は、川筋四
  • 1223,565,67,2293ニ港を開くの都合ニハ至りかたし、猶開港の期限ハ、再議治定之上報告すべし、其段領諾
  • 1341,557,64,2295きの處、西北の海追々風雪の候に向て、通航易からされハ、條約ニ極めし如く、一月一日
  • 1107,556,65,2304有之、貴國人民え普く通達有之樣被取計度存候、右は其領事官え可被申入筈なれとも、〓
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  • 1310,234,45,219候ナレバ代
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