『大日本古文書』 幕末外国関係文書 52 文久1年3月 p.156

Loading…

要素

ノンブル

OCR テキスト

舊來之俗隨に變革し、衆人盡く外國との交盛んならんこを希ふに至らん、此時に當つて、兩, 其期の既に迫るをもて、此上又一〓の患害もあらんかと、諸人眉をひそめて痛くこれを憂ふ, るに至れり、人情既に如是なる時ハ、人毎に後來の利盆あるを曉して、暫く現在之憂芒を忍, くるところ、兵庫・新潟港を開くことゝ、江戸・大坂に外國人の商業を營むへき約を見てハ、, し成ん事も亦計りかたし、尤新潟港之儀ハ、その港口に沙洲多く、外國人之舶を容るゝに便, さるハ愚民の常なれハ、強てこれを遂んとせハ、遂に人心に激するの餘り、如何樣之變を釀, 査之候、風波之障りありて、互に撰定の行屆きかたきより、期日既に後れ、因循今日に至り, 見込なれハ、約定せることく、猶他之良港を撰ミ、西海岸に一場を開くへき筈なりしか、檢, んこと尤容易からさるに、右等の弊害既に國内に遍けれハ、兼乃觸示せし條約第三條中に掲, ハしめんことハ、政府の威力といへとも甚た所置しかたく、まして近きに狎れて遠きを計ら, 宜ならさるよしにて、其公使、ヱキセルレンシー・ハルリスにも、永久之市場たるましとの, を緩くし、民心を安んし、徐ろに是を導かハ、其内に貿易の道漸くに居合ひ、物價平準を得、, しなれとも、猶又即今之勢に即てその程能き所置を考ふるに、暫く兩港・兩都を開くの期限, 港・兩都を開かんハ豈難きことならんや、故に先ツ六七年の間を延引し、我支干にてハ來ル, 文久元年三月, 一五六

  • 文久元年三月

ノンブル

  • 一五六

注記 (16)

  • 231,422,49,1695舊來之俗隨に變革し、衆人盡く外國との交盛んならんこを希ふに至らん、此時に當つて、兩
  • 1139,427,51,1693其期の既に迫るをもて、此上又一〓の患害もあらんかと、諸人眉をひそめて痛くこれを憂ふ
  • 1048,432,51,1691るに至れり、人情既に如是なる時ハ、人毎に後來の利盆あるを曉して、暫く現在之憂芒を忍
  • 1232,430,50,1705くるところ、兵庫・新潟港を開くことゝ、江戸・大坂に外國人の商業を營むへき約を見てハ、
  • 777,428,50,1692し成ん事も亦計りかたし、尤新潟港之儀ハ、その港口に沙洲多く、外國人之舶を容るゝに便
  • 866,431,51,1691さるハ愚民の常なれハ、強てこれを遂んとせハ、遂に人心に激するの餘り、如何樣之變を釀
  • 503,422,52,1697査之候、風波之障りありて、互に撰定の行屆きかたきより、期日既に後れ、因循今日に至り
  • 593,426,52,1696見込なれハ、約定せることく、猶他之良港を撰ミ、西海岸に一場を開くへき筈なりしか、檢
  • 1322,431,51,1692んこと尤容易からさるに、右等の弊害既に國内に遍けれハ、兼乃觸示せし條約第三條中に掲
  • 959,436,49,1683ハしめんことハ、政府の威力といへとも甚た所置しかたく、まして近きに狎れて遠きを計ら
  • 686,424,49,1692宜ならさるよしにて、其公使、ヱキセルレンシー・ハルリスにも、永久之市場たるましとの
  • 321,427,51,1699を緩くし、民心を安んし、徐ろに是を導かハ、其内に貿易の道漸くに居合ひ、物價平準を得、
  • 411,431,51,1687しなれとも、猶又即今之勢に即てその程能き所置を考ふるに、暫く兩港・兩都を開くの期限
  • 141,427,49,1680港・兩都を開かんハ豈難きことならんや、故に先ツ六七年の間を延引し、我支干にてハ來ル
  • 1433,561,33,252文久元年三月
  • 1428,1749,30,87一五六

類似アイテム