『大日本古文書』 幕末外国関係文書 52 文久1年3月 p.171

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領事官へール・トンクル・キユルシユスは、風波の節是を避くるの道あらハ、同港といへと, 是を遂んとせは遂に人心に激するの餘り、如何樣の變を釀し成さんことも亦計りかたし、尤, なる時は、人毎に後來の利盆あるを曉して、暫く現在の憂苦を忍はしめんことハ、政府の威, 力といへとも甚處置しかたく、まして近きに狎れて遠きを計らさるノ愚民の常なれハ、強て, 西海岸の儀は、我政府おゐてハ兼て新潟港を開くへき見込なりしか、同港にハ沙洲多く、外, 國人の船を容るゝに便宜ならさるよしにて、各國公使にも不同意の者多しといへとも、その, 貿易の道漸次に居合、物價平準を得、舊來の俗隨て變革し、衆人悉く外國との交り盛んなら, んことを希ふにいたらん、此時に當りて兩港・兩都を開かんハ、豈難きことあらんや、譬へ, 處置を考ふるに、暫く兩港・兩都を開くの期限を緩くし、民心を安んし、徐ろに是を導かハ、, ハ海に航するものゝ逆風を避けて順風を待つか如く、時を空ふすることを惜ます、功を成す, の時を待つも據なき取扱にあらすや、故に昨冬其許出府中對馬守對話の砌、粗其次第を演説, す、外公使とも談判行屆かず、因循今日に至りしなれとも、猶又即今の勢に即きて其萬全の, も差支あるましとの趣にて、切に申勸られしことあれとも、右はなべて其港の良否に關ハら, 〓の患害もあらんかと、諸人眉をひそめて痛く是を憂ふるに至れり、人情既にかくのことし, 文久元年二月, 一七、

  • 文久元年二月

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  • 一七、

注記 (16)

  • 915,429,49,1697領事官へール・トンクル・キユルシユスは、風波の節是を避くるの道あらハ、同港といへと
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