『大日本古文書』 幕末外国関係文書 44 万延1年11月 p.287

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本外國事務宰相安藤對馬守との會談, 術書を書いたフォン・ブラント將軍の子息だと紹介した。, 徙の仕事に最近餘りにも忙殺されていたことをあげた。使節は宰相に、條約が實現したなら, ば、プロイセンは日本と最も良好で友好に滿ちた關係に入るだろうとの信念を同時に表明し, 一八六〇年十二月二十四日江戸に於て行われたプロイセン使節オイレンブルク伯爵と日, れ程長く彼に會えなかったことを詫びた。その根據として彼は、新築された城への大君の移, ながら、日本政府が今やプロイセンとの條約締結の用意があることを明らかにしたことに、, 初對面の挨拶の後、使節は隨員フォン・ブラントを、同人が日本語にも翻譯されている戰, 國務大臣兼外務大臣フォン・シュライニッツ男爵殿, 宰相は使節に對し、要望王されていた會談をより早く約束することが出來ず、なによりもこ, 使節オイレンブルク伯爵報告別紙(別紙六號), このことが、近い將來心の平安を入手する唯一の機會だと、私は信じています。, オイレンブルク, 書家ノ子息, 使節ハ日本, ントヲ戰術, コトヲ詫ブ, 談判梗〓, 老中ハ將軍, 使節ハブラ, 使節老中崩, 付早期會談, 不能ナリシ, 移徒用務二, ト紹介セリ, 明二孛國政, 政府ノ條約, 別紙, 府名二テ謝, 辭ヲ述ブ, 締結意心表, 別, 萬延元年十一月, 二八七

頭注

  • 書家ノ子息
  • 使節ハ日本
  • ントヲ戰術
  • コトヲ詫ブ
  • 談判梗〓
  • 老中ハ將軍
  • 使節ハブラ
  • 使節老中崩
  • 付早期會談
  • 不能ナリシ
  • 移徒用務二
  • ト紹介セリ
  • 明二孛國政
  • 政府ノ條約
  • 別紙
  • 府名二テ謝
  • 辭ヲ述ブ
  • 締結意心表

  • 萬延元年十一月

ノンブル

  • 二八七

注記 (34)

  • 1103,815,52,868本外國事務宰相安藤對馬守との會談
  • 861,707,51,1382術書を書いたフォン・ブラント將軍の子息だと紹介した。
  • 493,706,55,2233徙の仕事に最近餘りにも忙殺されていたことをあげた。使節は宰相に、條約が實現したなら
  • 372,708,55,2230ば、プロイセンは日本と最も良好で友好に滿ちた關係に入るだろうとの信念を同時に表明し
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  • 614,706,56,2232れ程長く彼に會えなかったことを詫びた。その根據として彼は、新築された城への大君の移
  • 250,710,56,2196ながら、日本政府が今やプロイセンとの條約締結の用意があることを明らかにしたことに、
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  • 1591,817,51,1251國務大臣兼外務大臣フォン・シュライニッツ男爵殿
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  • 1832,719,54,1915このことが、近い將來心の平安を入手する唯一の機會だと、私は信じています。
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