『大日本古文書』 幕末外国関係文書 51 文久1年3月 p.106

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には手をつけずそのまま殘し、また、ベッド、椅子、浴室、調理場などもそっくり保存する, ト艦に移された。うち九人は、體力の最終的増進のため、艦内治療施設の管理下に置かれ、, 病院施設を引き拂うに當たって我々は、艦隊司令官閣下の意向に從い、我々が行った改裝, その他の者は未だ治療中ではあるが、速やかな回復が見込まれている。, 三月十五日、長崎の病院施設を引き拂うことになり、そこにいた患者二十名はフリゲー, (艦隊付主任醫師・七等文官メルツァロフの報告、一八六一年四月二日), (文久元年二月十七日), 艦内收容, 撤收患者モ, 右施設ノ備, 品等保持ノ, 爲寺ノ住持, 長崎ノ醫院, ト約定セリ, (likhachev), 文久元年三月, 一〇六

割注

  • (文久元年二月十七日)

頭注

  • 艦内收容
  • 撤收患者モ
  • 右施設ノ備
  • 品等保持ノ
  • 爲寺ノ住持
  • 長崎ノ醫院
  • ト約定セリ

表組

  • 文久元年三月

キャプション

  • (likhachev)

  • 一〇六

注記 (17)

  • 229,634,57,2233には手をつけずそのまま殘し、また、ベッド、椅子、浴室、調理場などもそっくり保存する
  • 1576,626,57,2212ト艦に移された。うち九人は、體力の最終的増進のため、艦内治療施設の管理下に置かれ、
  • 355,680,56,2182病院施設を引き拂うに當たって我々は、艦隊司令官閣下の意向に從い、我々が行った改裝
  • 1457,629,55,1712その他の者は未だ治療中ではあるが、速やかな回復が見込まれている。
  • 1698,679,56,2181三月十五日、長崎の病院施設を引き拂うことになり、そこにいた患者二十名はフリゲー
  • 1819,1018,55,1731(艦隊付主任醫師・七等文官メルツァロフの報告、一八六一年四月二日)
  • 1754,682,37,338(文久元年二月十七日)
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  • 1672,319,40,202撤收患者モ
  • 370,317,41,212右施設ノ備
  • 323,322,43,202品等保持ノ
  • 281,320,41,209爲寺ノ住持
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  • 237,321,40,207ト約定セリ
  • 414,1671,34,191(likhachev)
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  • 1956,790,44,326一〇六

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