『大日本近世史料』 細川家史料 10 細川忠利文書三 p.60

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かはしく候ともうちすて置候はゝ、大學かたかうた殿へ、せつき候樣二仕かけ候はゝ、助, 二成、助三郎跡をつき、助三郎子をも大學子分二仕上さ、大學子にて候間、別家を立可申, いわれにて無御座候由申候て、本屋敷を不給候はゝ、助三郎屋敷を請取申樣二可仕と内談, 相定候、只今右兵衞、新屋敷をほしかり候由申候はゝ、其儘それに相濟可申候間、先もと, それは助三郎子ノ家屋敷と被申候はゝ、左樣二る無御座候、大學兄ノ助三郎女と大學一ツ, を大學之渡可然との事二候よ、せめて大學今まて居候助三郎家成共、請取可申と可申候、, 候儀と、却る右兵衞ために可然と存候、とかく此儀と拙者二可被成御任候、重る被仰越二, 候樣二仕、此方か不構候はゝ、大學かたか雅樂殿へせつき可申候、其時を雅樂殿、出羽家, 三郎屋敷右兵衞二渡りやすく可有御座候と、播磨殿へ相談をかため申候間、延〳〵二御座, 一、此方雨つゝき能御座候、其元如何御座候哉、承度奉存候、此等之趣〓有披露候、恐々謹, 不及、不可致油斷候事、, 一、谷右兵衞儀、昨日も伊播州へ參、とくと談合仕候、今まての出羽家、如遺言右兵衞二被下, 六月十五日, 言, タシ, 相續ニツギ伊, 置ハ一任サレ, 谷家内紛ノ處, 丹康勝ト計策, 江戸雨續良シ, 谷衞冬ノ屋敷, ス, 寛永八年六月(四三三), 六〇

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  • タシ
  • 相續ニツギ伊
  • 置ハ一任サレ
  • 谷家内紛ノ處
  • 丹康勝ト計策
  • 江戸雨續良シ
  • 谷衞冬ノ屋敷

  • 寛永八年六月(四三三)

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  • 六〇

注記 (24)

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