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曰本の事を輯む、五畿七道の事を論したる所に、若狹は山城に近し、若狹山城との間に, 圖に寫し、おの〳〵既に梓行せり、又京都・江府にいませし時、諸國の人にひろく交り、, 日本總論、後漢書倭傳の説、豐秋洲瑞穗の説、曰本民俗正史およひ異邦の書にのせたる, その物かたりを聞て筆記し、又正史を初め稗史野乘に載たる諸國の事とも見るに隨ひて, ちりはめて世に廣はへると、しからは此書すてに上木して世に行はれしと見えたり、今, 東は近江、西は丹波少し隔れり、その間わつかに十丁餘り、故に山城と若狹直にはつゝ, その稿本を謄寫し置しか、今幸に彼家に遺れり、此書の名既に久しく京師に聞え、書林, およはさる處も有へく、且書寫の誤もはへらん、然ともいたつらに蠧魚の食に充む事あ, 抄寫しおかれしか、既に筐笥に盈れは、是を集めて六十餘州の部を分ち、一書となして, 扶桑紀勝と名を付おかれぬ、此書の原本は如何にしてか紛失せしに、予か姻家高畠瀧, たらしく、かつ柳枝軒の請ことせちなるまゝに、頗校正を加へ淨寫して、是を投け梓に, 柳枝軒刊布せむ事をしきりに請侍り、瀧麿か此書を寫せるは草稿の本にて、先生修政の, 刻本の比校すへきなけれは、恐らくは鏤版の擧のみにして、いまたその功をへすして廢, せるにや、或は災にかゝりその版を失ふにや、第一卷より第四卷まて總序、, 第一卷, 寫本遺存ス, 日本總論, 京都ノ書林柳, 高畠瀧麿ノ謄, ズシテ廢シタ, 枝軒刊行セン, 山城ト若狹ト, ルナラン, 鏤版ノ功ヲ經, 原本紛失ス, 直ニ接セズト, コトヲ請フ, ノ説, 編脩地誌備用典籍解題卷之一, 一九〇
頭注
- 寫本遺存ス
- 日本總論
- 京都ノ書林柳
- 高畠瀧麿ノ謄
- ズシテ廢シタ
- 枝軒刊行セン
- 山城ト若狹ト
- ルナラン
- 鏤版ノ功ヲ經
- 原本紛失ス
- 直ニ接セズト
- コトヲ請フ
- ノ説
柱
- 編脩地誌備用典籍解題卷之一
ノンブル
- 一九〇
注記 (30)
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