『大日本維新史料 編年之部』 2編 5 安政1年2月24日~同年3月5日 p.660

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去れは彼は到底支那と同一の條約を結はんとは思はざりしなり、, 字の條約文を草し、幸に日本の使節と商議するに至らは之を示すの下心なりしも、彼は日, して獨立自恃強固の心に富むを以て、雙方の間に國民的性質の相違あるを知れり、彼は又, 本か支那條約の全体を採用せん〓は固より希望せさりしなり、彼は日本人か支那人に比, しか、日本人は之に反して年來孤立の有樣にありしかは、此の如き利盆を知らず、又之を, 間には普通の通商條約ありて、廿一の條款により、明に米清兩國の和親の關係を表し、米, 日本人か商賣上蘭人に於けるか如く、支那人を輕〓せし事實を知れり、而して彼は又以爲, くんは、日本よりも此の如き特權を得んと欲せしを以て、提督は若し日本人にして談判に, らく、支那人か條約を締結せし時は、彼等は幾分か他國と交通により生する利盆を預知せ, 國を覆さんと企てしか如き〓を再演せしむるは、頗る帝國の不利なる〓を恐るゝなりと、, 望まざるなり、善し之を知るも、之か爲に外人を國内に導き、百年前曾て葡萄牙人かこの, 國の船舶は支那の五港に於て自由に商賣を行ふ〓を得べきを知りたり、吾人は爲し得可, 應せは、最初この目的によりて事を爲さんと決心したり、この故に彼は日本に適したる漢, 然るに日本人か談判に應せし後に至りて、更に一大困難は起れり、其は兩國使節の會合討, 議に對ては、一々問答の體に於て精密なる記録を存せざる可らさる〓、是れなり、三月八, 三月八, 日支人ノ相, 談判開始後, ノ一大困難, 違, 安政元年三月三日, 六六〇, 六六〇

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  • 日支人ノ相
  • 談判開始後
  • ノ一大困難

  • 安政元年三月三日
  • 六六〇

ノンブル

  • 六六〇

注記 (23)

  • 505,637,58,1609去れは彼は到底支那と同一の條約を結はんとは思はざりしなり、
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