『大日本近世史料』 編脩地誌備用典籍解題 2 p.31

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黒谷より八坂におはる、, ならす、瓶原、はゝその森につゝけるにやとて疑を闕ぬ、, て、佛祖通載に唐肅宗の放生池おかれしことを載たりといふ、柞森、このところさたか, 下賀茂より慈昭寺におはる、, 長者涸魚をたすけて切利天に生れし因縁をたて、慈悲と稱し功徳なとゝ名つけ侍りぬと, しか、今は堤をつきて宇治のさとつゝきなりといふ、八幡の下、放生會の考に最勝王經, 長者子流水品に池魚をはなちしこの因縁なりといひ、又放生川の下に金光明經には遊水, 清水より蓮華王院におはる、, 其大略を擧、槇島の下、このところは宇治の西なり、四十年以前まてははなれし島なり, 第三卷, 宇治里より笠置窟におはる、宇治の下、漢土にて茶の事を沙汰せる文及詩を作れる人名, 第六卷, 泉涌寺より櫃河橋におはる、, 第五卷, 第四卷, 槇島, 八幡放生會, 宇治, 別紀第一(山城), 三一

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  • 槇島
  • 八幡放生會
  • 宇治

  • 別紀第一(山城)

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  • 三一

注記 (20)

  • 1660,714,54,588黒谷より八坂におはる、
  • 280,712,56,1460ならす、瓶原、はゝその森につゝけるにやとて疑を闕ぬ、
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