『大日本近世史料』 編脩地誌備用典籍解題 2 p.166

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武内宿禰略傳并墓考一卷, はこれまた竹口尚重か撰にしてその稿本ならんか、, 事を抄録し、また水鏡・神社考・石清水社司系及五雜〓等に年壽の相違せる事をあけ、, 廟歟、その西鑵子家といふ有、是其墓歟、或云富田村にあり疑是歟といへり、卷末武内, 國大鳥郡・紀伊國伊都郡にあるものをあけてこれを論辨す、次に武内一人に非さる説を, 人にあらさるの説をあく、然れとも正史に見えさるにより先一人となし、後賢の考を, 擧、國史に載さるを以て一代一人となすといふ事を明す、次に武内子孫の事をのせ、卷, 待つと書せり、案るに、是書墓廟考と全くおなし、但、すこしく詳略あるのみ、恐らく, 仍之悉稱呼者擧之備後考と書して、山城國綴喜郡・大和國高市郡・河内國舊市郡・和泉, 婁郡室村見に存す、しかれとも墓はその村に見えす、東御前と稱する社疑くは武内の祠, 又武内墓といひて諸國にあるもの五所を載、允恭記に據て編年紀の説を可とす、但、編, 年葛下郡とするものは誤にて葛上郡なるへしといふ、その室破賀墓といへる今葛上郡牟, 撰人をあらはさす、日本紀・古事記・水鏡・帝王編年紀・神社考・曰本史に載る武内の, 末墳墓竝祖廟址の圖を載たり、, 寫本, 一册, ナレド詳略ア, 撰人ヲアラハ, 竹口尚重ノ稿, 武内宿禰墓廟, 考ト全ク同ジ, サズ, 本カ, リ, 編脩地誌備用典籍解題卷之五, 一六六

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  • 撰人ヲアラハ
  • 竹口尚重ノ稿
  • 武内宿禰墓廟
  • 考ト全ク同ジ
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  • 本カ

  • 編脩地誌備用典籍解題卷之五

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  • 一六六

注記 (26)

  • 1242,633,77,858武内宿禰略傳并墓考一卷
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