Loading…
要素
割注頭注ノンブル
OCR テキスト
志陽略志三卷, の時よりありし話をのす、次に九鬼氏手船の圖を載たり、, 板倉新十郎重治に當城を賜ふ、是を第八主となすよしの事をしるせり、, 備ふ、奧溪の温清軒にて田理書之と見へたり、されは田理は板倉氏の藩士なるへし、此, 書、神社・佛宇・舊跡の標目あり、八王子宮の下に鳥羽の名義二説を擧たり、是書に載, 志摩記は正徳元年自跋に、去年龜山より鳥羽の家にうつりて上人の説をしるし、遺志に, 地圖、九鬼嘉隆の時の地圖あれともくはしくはいひかたし、次に鰡魚の楯捕、次郎宗忠, る事實、大〓九鬼氏以來の事にして、さまて古を徴すへきなし、橘次郎宗忠の時の鳥羽, 田理撰、正徳三年癸巳自序を按るに、往歳移家于海南志摩州、以降唯憾其國方輿之誌久, 及闕文、是故官暇之曰、躊岩臨水尋寺問社、隨見記之、隨問筆之、或訊遺蹤、或校舊録, 旁捜博採分類爲篇といへり、, 形勝門、郡名門、村里門上下、建置門、沿革門、城砦門上下、神社門上下, 上卷, 中卷, 刻本, 一册, 田理撰, 正徳三年自序, 志摩國地誌ヲ, 形勝門以下十, 志摩記, 正徳元年自跋, 門ニ分類シ, 來ノ記事, 大〓九鬼氏以, テ記ス, 編脩地誌備用典籍解題卷之七, 三三〇
割注
- 刻本
- 一册
頭注
- 田理撰
- 正徳三年自序
- 志摩國地誌ヲ
- 形勝門以下十
- 志摩記
- 正徳元年自跋
- 門ニ分類シ
- 來ノ記事
- 大〓九鬼氏以
- テ記ス
柱
- 編脩地誌備用典籍解題卷之七
ノンブル
- 三三〇
注記 (28)
- 885,644,72,471志陽略志三卷
- 1073,707,58,1452の時よりありし話をのす、次に九鬼氏手船の圖を載たり、
- 1759,697,58,1806板倉新十郎重治に當城を賜ふ、是を第八主となすよしの事をしるせり、
- 1529,696,62,2252備ふ、奧溪の温清軒にて田理書之と見へたり、されは田理は板倉氏の藩士なるへし、此
- 1413,697,65,2251書、神社・佛宇・舊跡の標目あり、八王子宮の下に鳥羽の名義二説を擧たり、是書に載
- 1643,697,63,2247志摩記は正徳元年自跋に、去年龜山より鳥羽の家にうつりて上人の説をしるし、遺志に
- 1186,699,61,2245地圖、九鬼嘉隆の時の地圖あれともくはしくはいひかたし、次に鰡魚の楯捕、次郎宗忠
- 1298,703,63,2243る事實、大〓九鬼氏以來の事にして、さまて古を徴すへきなし、橘次郎宗忠の時の鳥羽
- 722,698,62,2246田理撰、正徳三年癸巳自序を按るに、往歳移家于海南志摩州、以降唯憾其國方輿之誌久
- 609,698,60,2261及闕文、是故官暇之曰、躊岩臨水尋寺問社、隨見記之、隨問筆之、或訊遺蹤、或校舊録
- 494,695,57,713旁捜博採分類爲篇といへり、
- 265,702,59,1897形勝門、郡名門、村里門上下、建置門、沿革門、城砦門上下、神社門上下
- 381,873,53,108上卷
- 153,873,51,108中卷
- 876,1158,44,83刻本
- 921,1175,44,65一册
- 749,310,39,125田理撰
- 704,308,41,259正徳三年自序
- 649,307,41,250志摩國地誌ヲ
- 604,306,41,258形勝門以下十
- 1659,307,42,127志摩記
- 1614,309,40,258正徳元年自跋
- 559,329,42,231門ニ分類シ
- 1280,309,42,169來ノ記事
- 1326,309,41,257大〓九鬼氏以
- 514,312,39,115テ記ス
- 1893,828,46,613編脩地誌備用典籍解題卷之七
- 1899,2418,41,124三三〇







