『大日本史料』 12編 8 慶長十六年三月~同年十月 p.321

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

妬深かりし事、擧てかそへかたし、牧志摩所に隱し置けると聞給へるや、或, ける、吉左衞門進出て、其旨を申にる、志摩蹲踞して、左樣の女中、是には御入, なしと申給へと、いんきんに申けれは、大方樣聲あらゝかに、乘物をやれ、我, 時、駕籠を志摩方へ遣り候へと命せらる、志摩屋敷近くなり、歩行士先へ走, 入て直にせんさくするそと仰にれは、吉左衞門御駕の先に立、進み入たる, り行、御前樣是へ御出と申、折節志摩は、髮を結ひ掛り、元結は付けれとも、未, を、志摩飛かゝり、吉左衞門か首元に手をかけ、ゑひといふて投たれは、御駕, の前にどうと倒る、此時志摩根を結ひたる元結ふつと切、髮も逆立上り、其, 尾との還俗させて召仕はれけり、軍事の奇謀、兵術の老練、人に越たり、帶刀, せし也、尾州織田の一族、後に對馬と申せし人の娘なり、大方樣、若きより嫉, 子とせよ、女子ならは、我に返すへしと仰ける、帶刀殿御前は、後大方樣と申, との被召仕女中、懷妊せるを志摩へ賜り、此孕婦分娩して、男子ならは、其方, 折屈けるか、玄關へ出て、是は不存寄、何ゆへの御成に候やと、大音に申けれ, は、御輿の腰にある侍、何の吉左衞門に、彼女を御尋に御出なりと申せと仰, 〔寧固齋談叢〕四牧志摩は、始名行齋といふて、出家, なるを、堀, 上牧法花寺, ノ住僧ナリ, 牧志摩, 慶長十六年六月十七日, 三二一

割注

  • 上牧法花寺
  • ノ住僧ナリ

頭注

  • 牧志摩

  • 慶長十六年六月十七日

ノンブル

  • 三二一

注記 (21)

  • 1304,614,64,2222妬深かりし事、擧てかそへかたし、牧志摩所に隱し置けると聞給へるや、或
  • 721,616,66,2210ける、吉左衞門進出て、其旨を申にる、志摩蹲踞して、左樣の女中、是には御入
  • 606,620,62,2215なしと申給へと、いんきんに申けれは、大方樣聲あらゝかに、乘物をやれ、我
  • 1189,617,63,2222時、駕籠を志摩方へ遣り候へと命せらる、志摩屋敷近くなり、歩行士先へ走
  • 490,615,62,2216入て直にせんさくするそと仰にれは、吉左衞門御駕の先に立、進み入たる
  • 1071,617,66,2218り行、御前樣是へ御出と申、折節志摩は、髮を結ひ掛り、元結は付けれとも、未
  • 371,616,65,2220を、志摩飛かゝり、吉左衞門か首元に手をかけ、ゑひといふて投たれは、御駕
  • 256,622,63,2208の前にどうと倒る、此時志摩根を結ひたる元結ふつと切、髮も逆立上り、其
  • 1773,614,63,2218尾との還俗させて召仕はれけり、軍事の奇謀、兵術の老練、人に越たり、帶刀
  • 1422,623,63,2213せし也、尾州織田の一族、後に對馬と申せし人の娘なり、大方樣、若きより嫉
  • 1537,617,64,2220子とせよ、女子ならは、我に返すへしと仰ける、帶刀殿御前は、後大方樣と申
  • 1655,621,63,2214との被召仕女中、懷妊せるを志摩へ賜り、此孕婦分娩して、男子ならは、其方
  • 955,614,64,2220折屈けるか、玄關へ出て、是は不存寄、何ゆへの御成に候やと、大音に申けれ
  • 839,627,64,2209は、御輿の腰にある侍、何の吉左衞門に、彼女を御尋に御出なりと申せと仰
  • 1867,576,99,1616〔寧固齋談叢〕四牧志摩は、始名行齋といふて、出家
  • 1899,2556,54,277なるを、堀
  • 1926,2216,41,323上牧法花寺
  • 1880,2217,42,319ノ住僧ナリ
  • 1895,249,43,128牧志摩
  • 152,684,44,425慶長十六年六月十七日
  • 157,2419,44,109三二一

類似アイテム