『大日本近世史料』 編脩地誌備用典籍解題 2 p.345

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渭陽事跡考一卷, しかたし、故に毎卷の起止をあくるのみ、, 崎口は三河へ入る道なり、部田口は三州えの大道なり、阿野口は東海道の本道なり、石, 家者流に出つ、尾城西口起筋木曾川の流古今相違せる事を論し、秀吉の時、美濃尾張の, ても名改ず三郡を立置たり、此時木曾川東に付て流れ起を國境となすといふ、西北口北, 曾川西にあるは美濃國え入る、川の東に在るは、尾張の國に郷村數多なけれは、美濃に, 川船筏にて越、善師野口山あひなれとも切所ならす、内津口は土岐郡, 曾路に向ふ、下半田川口は濃州妻木へ出つ、品野口・麥野口は濃州へ入る、諸和口・岩, 境は木曾川といふ大河能き境目也と此川を國境に定、尾張の内葉栗・中島・海西三郡木, 撰人をあらはさす、是書名護屋四方口々之地勢の險易防戰の得失を論す、要するに、兵, 天正十年六月二日、信長父子於京都明智光秀に〓せられし異説およひ長久手合戰始末を, 方の渡を越て圓城寺より川手え向、北口宮田・磐若より前渡え越、東北口栗須口は岐岨, 擧るにおこり、蟹江城攻之事を擧るにおはる、此書記載極めて錯雜、卷中の事實を摘擧, 池田え出て木, 第十册, 寫本, 一册, 美農, 國, 防戰ノ得失ヲ, 々地勢ノ險易, 撰人ヲアラハ, 名護屋四方口, 論ズ, サズ, 別紀第五(尾張), 三四五

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  • 寫本
  • 一册
  • 美農

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  • 防戰ノ得失ヲ
  • 々地勢ノ險易
  • 撰人ヲアラハ
  • 名護屋四方口
  • 論ズ
  • サズ

  • 別紀第五(尾張)

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  • 三四五

注記 (27)

  • 1396,651,74,555渭陽事跡考一卷
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