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甲斐國三郡郷村高帳一卷, いと俗文なれと、事實においては參考にすてかたかるへし、, の領知・某役知・自普請役高・郡中割金掛り高といへる事をあけ、各郡各筋を分別せり、, まてをしるし、次に御代官の差除をあく、奥野忠兵衞より久保平三郎・眞野總十郎二人, 各郡先各筋の村數を擧、毎村その石高を枚擧し、内石數幾多は新田役引・無地高引・配, 當分預りといふまてをしるす、次に石和陣屋の事、國中川除御入用金、川除普請掛役人, の名、當國總高の事なとをしるせと、もと體裁を修せす、專ら私記に出るものにして、, 三郡は山梨・八代・巨摩是なり、開卷に三郡の總石高・總村數をあけ、内石高幾多は某, 鷹野慧廣なるものゝ輯する所と見ゆ、自跋有り、寶暦六年十一月刻する所なり、慧廣は, 符持出役引、其餘の引高微細に毎條の傍に小書せり、また各筋の末に、小以の石高およ, ひ内石の引高をしるし、卷の最尾に三郡の總石高・總村數及引高等の總括をあらはす、, 何人なるを詳にせす、, 引渡し後勤番帥の差除をあけ、享保甲辰有馬出羽守より明和四戌年山口出雲守にいたる, 開卷領主武田信玄にはしまり、松野豐後守まてをしるし、次に享保九辰年より甲府御城, 寫本, 一毋, 山梨八代巨摩, 數石高内分引, 高等ヲ詳細ニ, 三郡ノ石高村, ノ領主代官等, ノ沿革, 安永三年マデ, 天正元年ヨリ, 寶暦六年刻, 鷹野慧廣輯自, 記ス, 跋, 別紀第六(甲斐), (肪義、甲府勤番支配), 四六一
割注
- 寫本
- 一毋
頭注
- 山梨八代巨摩
- 數石高内分引
- 高等ヲ詳細ニ
- 三郡ノ石高村
- ノ領主代官等
- ノ沿革
- 安永三年マデ
- 天正元年ヨリ
- 寶暦六年刻
- 鷹野慧廣輯自
- 記ス
- 跋
柱
- 別紀第六(甲斐)
- (肪義、甲府勤番支配)
ノンブル
- 四六一
注記 (31)
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