『大日本近世史料』 編脩地誌備用典籍解題 3 p.191

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延寶二年江戸大繪圖一鋪, とあらはす、, いへとも、みなはしめて是圖を編するのかたきにしかす、遠近氏か地圖に功ある、ひシ, り北、町々に有之新道不殘ふさかり、神田湯島之廣小路、白銀丁土手北壹丁目より七丁、, 并上寺丁より濱丁堀留迄、本庄三ツ目四ツ目の橋迄百姓地に成、總而御屋敷替、道筋之, 貞享板江戸大繪圖一鋪, は百姓地に罷成、前廣より賣來候繪圖悉く相違仕候に付、此度相改出シ申候、日本橋トよ, 此圖は貞享三年江戸御繪圖所林氏吉永か刻する所、圖傍にいふ、御江戸新繪圖之儀、天, 和三年亥春御改に付方々御屋鋪并寺地町屋敷、或は上リ地、或は代地、或は廣小路、又, 此圖、延寶二年寅十月刻する所、圖傍に曰本橋より諸方への道程をしるし、末に、右此, り東海道分間の濫觴たるのみならす、, 繪圖江戸中はつれ〳〵不殘書入申候とあり、けたし書肆の編する所、名を中村市右衞門, 加兵衞と記し印判あり、按るに此圖江戸繪圖の藍本にして、後の詳なるもの功を用ゆし, 刻, 刻, 日本橋ヨリ諸, 同十三年ノ間, 延寶二年刻, 寛文十年ヨリ, 方ヘノ道程ヲ, 貞享子三年林吉, 谷ノ圖, 小曰向牛込四, 〓戸繪圖ノ藍, 中村市右衞門, 赤坂麻布芝筋, 水刻, ノ圖, ニ刻ス, シルス, 編, 本, 別紀第九(武藏), 一九一

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  • 日本橋ヨリ諸
  • 同十三年ノ間
  • 延寶二年刻
  • 寛文十年ヨリ
  • 方ヘノ道程ヲ
  • 貞享子三年林吉
  • 谷ノ圖
  • 小曰向牛込四
  • 〓戸繪圖ノ藍
  • 中村市右衞門
  • 赤坂麻布芝筋
  • 水刻
  • ノ圖
  • ニ刻ス
  • シルス

  • 別紀第九(武藏)

ノンブル

  • 一九一

注記 (34)

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