『大日本近世史料』 編脩地誌備用典籍解題 3 p.298

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巖邑府志四卷, 第一卷, を領したるゆゑ〓して遠山莊といひしより、遠山氏の祖加藤二景廉か事、景廉坐石の説、, 始築巖邑、故名桐城、飜訓霧城といふ説を載たれとも、城府版築の事は遠山氏の祖にな, 文に摸擬すといへとも、鄙陋章をなさす、部類を分つといへとも、體裁また覽閲に便な, にて聞けるよしをしるす、これまた書名に眩惑するの一助ともならん歟、, 總轄の下、國の名義、惠那郡の境界およひ和名抄にみえたる郷名、國史にのする疆場、, 又景廉坐於巖上東望。巖邑山而定城の説をのす、又一説に應仁・文明之頃、有桐加藤次者、, て三豕魯魚を辨せすんは遂にその素に復するを得す、また卷中或人の朱書を下すものあ, らす、且この書の如き書寫極て〓拙、一行の際數字を誤るにいたる、故にもし善本に因, 延喜式に載る一郡の神名等の事を出せり、次に論城府版築之始の下、遠山氏世々惠那郡, るを見るにいふ、本この書國志考といひしを、再校の時、古蹟考と改め題する由、一宜, 首藤元辰撰、元震字士發、岩村人、寛延辛未の自跋あり、, せり、次に遠山世統、景廉より景任に至る、東鑑遠山家譜・金山記録等を考合せ頗徴據, 四册, 寫本, ヲ再校ノ時古, 寛延四年自跋, 論城府版築之, 首藤元震撰, 志考トイヒシ, 蹟考ト改ム, 此ノ書モト國, 總轄, 始, 編脩地誌備用典籍解題卷之十四, 一九八

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  • 四册
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  • ヲ再校ノ時古
  • 寛延四年自跋
  • 論城府版築之
  • 首藤元震撰
  • 志考トイヒシ
  • 蹟考ト改ム
  • 此ノ書モト國
  • 總轄

  • 編脩地誌備用典籍解題卷之十四

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  • 一九八

注記 (27)

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  • 845,933,54,168第一卷
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