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はる、, 太夫城跡といひ習はせし山より出る所の鏡の來由をあけて、その圖をあらはし、鏡の表, 野・濱田の領主およひ組譯の事を載せ、石州總石高并總村數郡高寺領等を分記するにお, り當時銀山附役人所持の古文書書翰等十三牒あり、みな土人先祖え賜はるものにして、, その寸尺を傍に記せり、次は古銀の圖あり、これまた藏主の姓氏並に寸尺目方等をしる, す、次は銀山の舊記と題し、銀山の來由を録せしものなり、また古より今にいたるまて, 夫、木工權頭、正三位を歴、天平勝寶元年に遣唐使、同年歸朝し、平城天皇大同二年八, 愛宕山大權現・稻荷大明神の字あらはるといふ、次は本州古今の物産を記す、次は津和, 枋本に出現し、持統天皇のために歌よみ、石見權守に任し、右京太夫、正四位、春宮太, せり、次は備後國甲怒郡龜谷村庄屋源之助といへるもの支配之内、字加屋山福島左衞門, 中の記する處、今清水寺に納めあるよし、文化七年庚午拜見の節是を寫すといふ、夫よ, 支配人の事をしるして、大永六年丙戌より文化二年丁丑にいたるまての支配人年數を記, 卷首人丸説々多、一本曰五種人丸の事と題し、第一には石見國語家名と云者の後苑の, 人丸傳記一卷, 寫本, 一卅, 銀山支配人年, 銀山ノ舊記, 數, 五種人丸ノ事, 別紀第十五(石見), 五七
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- 寫本
- 一卅
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- 銀山支配人年
- 銀山ノ舊記
- 數
- 五種人丸ノ事
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- 別紀第十五(石見)
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- 五七
注記 (22)
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