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てみな佛の化現となす、次に人麿赤人傳二人をもつて天武の皇子にして伊賀のうねめ山, 像をかゝせたるといふ事、第五には權者人丸傳教大師およひ或人の説を載す、人丸を以, 邊の峯子のうむ所、双生也とす、また人丸・赤人心をひとつにしてもろこしの旅におも, むき、人丸は西つくしの海に船よそほひし、赤人はあつまのかたよりえその島根をわけ, ゆかんの本意にてゆき、あかしの浦にいたりて、人丸歌をよむ赤人をなつかしと見たる, られ、姓を山邊とあらため、赤人と號すと、第四には夢本人丸の事、白河院御時讚岐守, 事、その辨甚た明なり、次に宇都宮由的人丸文武の后に淫行ありし俗説の僞を辨したる, 顯季以下十二人の和歌を載、次に清輔袋草子人丸勘文を載、人丸大同の朝に及かたき, 兼房といふ人和歌に心を入て人丸を念し、夢中に年たけたる老父に逢、繪師をしてその, 義云、人丸赤人一人也、人丸文武天皇の后に通し、上總國山邊郡になかされ、聖武天皇, 月十日修理太夫顯季六條東洞院亭にて人丸の供を行ふ、人麿畫贊並序、大學頭敦光序、, の御時、橘諸兄・大伴家持等萬葉集を撰したるころ、人丸を召かへして、歌の判者とせ, 月廿三日に死すと、第二には重義云、人丸は孝徳天皇十一代後胤如系圖と、第三には重, 也と、此傳の下に、貞元二年六月中務卿兼明親王と書し、保延二年左衞門督藤原基俊、, 貞本元年權中納言藤原定家、永正十二年三條前内大臣實隆の奥書あり、次に元永元年六, 保延二年奥書, 貞永元年奥書, 永正十二年奥, 元永元年人丸, 貞元二年本奧, ノ供, 人丸勘文, 書, 書, 編脩地誌備用典籍解題卷之十八, 一五八
頭注
- 保延二年奥書
- 貞永元年奥書
- 永正十二年奥
- 元永元年人丸
- 貞元二年本奧
- ノ供
- 人丸勘文
- 書
柱
- 編脩地誌備用典籍解題卷之十八
ノンブル
- 一五八
注記 (26)
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