『大日本史料』 5編 10 嘉禎元年5月~同2年11月 p.19

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は、三條院四代の孫にて、白河院、鳥羽院の護持の僧といへるに、三條院より, 赤人よりはじめて、時代のたしかにしられざるをばさし置ぬ、大僧正行尊, 智天皇秋の田の、持統天皇春過てと書取て、宿へ歸りて後、下の句を書つゞ, の右大臣は、建久三年に誕生あるに、千載集の作者前にあり、是をおもへば、, けたるゆへ、河原左大臣の歌に、伊勢物語の歌を書入たりと云説あり、是は, 前にあり、源兼昌は、堀川院次郎百首の作者成に、崇徳院より末にあり、鎌倉, などに出されたる時、そつと一覽し、百首寫しとるべきあいだなければ、天, ざるか、時代を以て上古を先に書付給ふかとおもへば、是又さもなし、人丸、, 時代にもよらざる也、又四季の歌を以て、作者の次第を定たるかとおもへ, 第を考ふるに、御位を以て先にしるさば、天智天皇、持統天皇とありて、陽成, 院、光孝天皇と次第すべきを、人丸、赤人、猿丸とあり、しかれば御位にはよら, 作者の次第も混亂したる事也、, ば、秋の田より、更衣になり、戀になり、冬になり、又秋の歌あり、是をおもへば、, もひ、祕して出されざると云説あり、是又うたがはしき説なり、此作者の次, 又云、此百首を爲家卿祕して置れたれども、聞及たる人ほしくおもひ、蟲干, 第準據ナ, 作者ノ次, ト歌詞, 傳來ニ關, スル一説, 嘉禎元年五月一日, 一九

頭注

  • 第準據ナ
  • 作者ノ次
  • ト歌詞
  • 傳來ニ關
  • スル一説

  • 嘉禎元年五月一日

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  • 一九

注記 (22)

  • 1308,620,61,2181は、三條院四代の孫にて、白河院、鳥羽院の護持の僧といへるに、三條院より
  • 1420,617,62,2189赤人よりはじめて、時代のたしかにしられざるをばさし置ぬ、大僧正行尊
  • 386,615,65,2181智天皇秋の田の、持統天皇春過てと書取て、宿へ歸りて後、下の句を書つゞ
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