『大日本近世史料』 編脩地誌備用典籍解題 5 p.20

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宗像大神三社集説一卷, 之文、以備考證之一助、享保十七年伴部八重垣翁識とあり、, えたる神階の事を抄し、田島社・大島・澳津島の縁起、宗像軍記の文を附せり、奥書に、, りなく、其徳正しき人を擇れ、神職と定め、筑紫に置る、大己貴命より六世の孫に〓像, 逝去の事にいたる二十六條、宗像大明神は代々の帝御尊崇まし〳〵て、四時の祭おこた, 撰人をあらはさす、宗像の社及宗像大宮司の事實を輯む、宗像大明神の御事より氏貞, 又第一瀛津島姫命、第二湍津姫命、第三田霧姫命とすと、この書その社説及ひ國史に見, 右一卷岡田礒波翁家有一書、不記性名、予得筑紫元水翁之惠閲之、學珊繁文、又附軍記, 子宿禰といふ人、是神職の始なり、第二を滋光宿禰といふ、宇多天皇の御時まては子孫, 子の數にはいらすといへり、, 前守となさる、清氏は宇多の御子にて延喜の御弟子なれとも、母のいやしきをもつて皇, 傳來せしに、醍醐天皇延喜十四年甲戌源清氏を大宮司となして宗像の姓をたまはり、筑, 島姫、第二湍津姫、第三田心姫とし、又第一市杵島姫、第二田心姫、第三湍津姫とし、, 撰人をあらはさす、宗像三社日本紀に田心姫・湍津姫・市杵島姫とす、一書に第一瀛津, 寫本, 一毋, 大宮, 撰人ヲアラハ, 像大宮司ノ事, 宗像ノ社及宗, 撰人ヲアラハ, サズ, 享保十七年伴, サズ, 部八重垣識, 編脩地誌備用典籍解題卷之二十一, 二〇

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  • 撰人ヲアラハ
  • 像大宮司ノ事
  • 宗像ノ社及宗
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  • 享保十七年伴
  • 部八重垣識

  • 編脩地誌備用典籍解題卷之二十一

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  • 二〇

注記 (27)

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