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の制作を委しく圖せり、末に安永二年行年六十二歳と記す、, れか説をなさす、, る處の制札の文言、又元文三年戊午現住無參叟撰する處の縁起等をのするもの一通、又, その次順をしるさす、, 一帖は唐津馬島鹿狩并鷹巣を取るの圖にして、これまたその所爲をくはしく圖し、且曰, 軍の命によりて建る處のものなり、外に康永の文書二通、明徳の文書一通、年號をのせ, さるもの二通、すへて五通ありといへとも、その附會におち入らん事をおそれて敢てこ, 縁起をしるすもの一通、けたし前の縁起は享祿二己丑波多壹岐守源盛再興以來の縁起に, して、後の縁起は暦應元年築地孫四郎草創以來の縁起なり、正平十五年寺領安堵の状一, 通、貞治二年六月八日左衞門尉としるせる制札一通、これは前にしるすところの京都將, 一帖は小川島の圖より近國漁事の場所を記するに止、帖中鯨を取るの圖をあらはし、そ, 木崎盛標撰、盛標唐津人、入道して攸軒と號す、國産及種々漁獵の體を圖する凡八帖、, 當山代々世代之記、及貞治二年六月八日管領畠山左衞門尉基國京都將軍の命によりて建, 肥前國産物繪圖八帖, 體ヲ圖ス, 安永二年行年, 國産及漁獵ノ, 木崎盛標撰, 六十二歳ト記, 妙音寺代々世, 代之記, ス, 別紀第十八(肥前), 八五
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- 體ヲ圖ス
- 安永二年行年
- 國産及漁獵ノ
- 木崎盛標撰
- 六十二歳ト記
- 妙音寺代々世
- 代之記
- ス
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- 別紀第十八(肥前)
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- 八五
注記 (24)
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