『大日本近世史料』 編脩地誌備用典籍解題 2 p.239

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多田藥師略縁起一卷, 貞享板大坂圖一鋪ウ, る、圖傍に大坂より方々への道法をしるし、此繪圖、從先年雖是在、小板なるゆゑ具に, 下にはその繪のさまを私云と分注せり、このほん書寫せしときしるしたるものにや、, 貞享四年三月の板なり、東平野川を限り、西傳法を限り、南今宮を限り、北中津川を限, 多田藥師舊ト河邊郡、今の東多田村に在、後京都に移、寶永のころ黄檗山僧干呆、官に, し寺を石峯と名く、これその興廢をしるしたる繪卷物なり、繪并詞各八首、繪と題せる, 源家の曩祖多田滿中公攝津國多田の里にして伽藍を創建し、山を沙羅蓮, 氏を記す、案るに、前編に本山雖有古記、爭奈多爲壁〓蝕難爲收拾といふ, 厚女縫としるす、此書の撰者にや、詳ならす、序を案るに、村上天皇御宇天徳二年に當, 請、寺を大和小路稻荷の南に建、百丈山石峯寺と號す、是書卷末に大樹家侍女櫻井氏通, 所謂出相縁起彼日記と同歟、異歟、いまた考るものなし、, 字出相縁起三軸、標題乃青蓮院尊證法親王、其詞書乃法親王并公卿大臣十有九員、其名, と號, 攝津古蹟記に, 蓮を林に作る, 寫本, 毋, 多田藥師ノ興, 廢ヲシルシタ, 厚女縫ト記ス, 卷末ニ大樹家, ル繪卷物ノ寫, 貞享四年板, 侍女櫻井氏通, 倭字出相縁起, 別紀第三(攝津), 二三九

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  • 攝津古蹟記に
  • 蓮を林に作る
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  • 多田藥師ノ興
  • 廢ヲシルシタ
  • 厚女縫ト記ス
  • 卷末ニ大樹家
  • ル繪卷物ノ寫
  • 貞享四年板
  • 侍女櫻井氏通
  • 倭字出相縁起

  • 別紀第三(攝津)

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  • 二三九

注記 (28)

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