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わかす、おほちのさまは平安城のはしめもかくやとおもひやられつゝ、岐阜をいてゝか, や感し給ひけむ、梅津といふ所に是心寺の住持にておはせし御むすめをこの國にうつし, きやといふ所に寺あり、持足院と名をえしもの、後成恩寺のおとゝを請し奉りて、敷島, 名氏をあらはさす、卷末免庵老人と書す、奥書に、紀行之一軸、如十歩九移目、詩中有, 給へり、いまも其跡ふるきを尋てかの家の御むすめむかしにかはらすおはします、尋ね, すもの誤なり、天正九年九月十曰の頃、友とする人といさなひて美濃國にまけるとしる, の道をうかゝひ侍りしに、のちの世まてのしるしをと申けるに、その心さし淺からぬを, 像を本主也とて、とはりをひらかれしかは、しつかに回向し侍りなと、かうと河にて鵜, たる事を記し、また近江路を都にかへる道すからを記せり、, 船を見し事、美江寺にとまりたりと記し、廿五曰に小野の宿、廿六曰多賀大社にまうて, し、岐阜に著、廿三曰けふまかり立とて家々を見めくれは、みつはのとのつくり數をも, しはしめ、近江路の事を載、廿曰に美濃國に入、廿一日垂井・青野ケ原・不破の關を記, さまによろこひて、こまかに御ものかたりのついてに、この寺は義家自作に刻雕せし肖, まいらさらんは一家のよしみあさきやうなれは、さらにおとつれ申侍りしを、かひある, 千山萬水、不出盡而知天下、豈金玉乎、樗散翁實證と記す、題して樗散翁濃路紀行とな, 天正九年ノ紀, 名氏ヲアラハ, 免庵主人ト書, サズ, 行, ス, 編脩地誌備用典籍解題卷之二十一, 一六四
頭注
- 天正九年ノ紀
- 名氏ヲアラハ
- 免庵主人ト書
- サズ
- 行
- ス
柱
- 編脩地誌備用典籍解題卷之二十一
ノンブル
- 一六四
注記 (23)
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