『大日本近世史料』 編脩地誌備用典籍解題 5 p.186

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

鎌倉日記一卷, 事を追慕せしさま、當時師弟の情厚きことおもひやるへし、, 東山は京師祇園の東にして、洛陽に名高き勝地なり、宇都宮由的か京に有りし時、この, かへて儒官たり、著述の書多く世に行はるゝをもつて其名著し、後遊の記、先師昌三の, 據るに此書すなはち元常命をうけ代りて記する所、鎌倉志の藍本たり、瀬戸明神におこ, 所に遊ひて花を賞せし假名の紀行なり、すへて二篇あり、前篇は寛文二年二月廿二日重, り法性寺におはる、凡百七十八所、稱名寺・英勝寺・淨光明寺・鶴岡八幡宮・荏柄天, 以といふものゝかたらひによりてあそひしときの紀述にして、後篇は同年三月一曰人々, にさそはれて再遊せし紀述なり、詩歌若干首を載す、東山の景色およひ當時觀遊の盛な, 神・覺園寺・寶戒寺・妙本寺・補陀落寺・光明寺・極樂寺・江島辨才天・杜戸明神・明, るさま想像すへし、由的は遁菴と號す、松永昌三の門人にして、のちに長州吉川氏につ, 自常陽路過鎌倉、歴覽名勝、令吉常記所見聞焉、丙辰秋、特遣河井友水如鎌倉と、是に, 撰人をあらはさす、卷末延寶二年甲寅五月としるす、引書目の下、延寶三年乙卯正月吉, 元常・井友水同校と書す、鎌倉志力石忠一か序を按するに、延寶甲辰夏、我水戸相公至, 寫本, 一册, 册, 撰人ヲアラハ, 延寶二年トシ, 宇都宮由的撰, サズ, 寛文二年ノ記, 鎌倉志ノ藍本, ルス, 編脩地誌備用典籍解題卷之二十三, 一八六

割注

  • 寫本
  • 一册

頭注

  • 撰人ヲアラハ
  • 延寶二年トシ
  • 宇都宮由的撰
  • サズ
  • 寛文二年ノ記
  • 鎌倉志ノ藍本
  • ルス

  • 編脩地誌備用典籍解題卷之二十三

ノンブル

  • 一八六

注記 (26)

  • 911,658,72,474鎌倉日記一卷
  • 1098,713,62,1525事を追慕せしさま、當時師弟の情厚きことおもひやるへし、
  • 1791,708,61,2245東山は京師祇園の東にして、洛陽に名高き勝地なり、宇都宮由的か京に有りし時、この
  • 1216,719,64,2230かへて儒官たり、著述の書多く世に行はるゝをもつて其名著し、後遊の記、先師昌三の
  • 387,717,67,2245據るに此書すなはち元常命をうけ代りて記する所、鎌倉志の藍本たり、瀬戸明神におこ
  • 1676,713,64,2246所に遊ひて花を賞せし假名の紀行なり、すへて二篇あり、前篇は寛文二年二月廿二日重
  • 273,723,69,2240り法性寺におはる、凡百七十八所、稱名寺・英勝寺・淨光明寺・鶴岡八幡宮・荏柄天
  • 1562,711,62,2241以といふものゝかたらひによりてあそひしときの紀述にして、後篇は同年三月一曰人々
  • 1447,719,63,2244にさそはれて再遊せし紀述なり、詩歌若干首を載す、東山の景色およひ當時觀遊の盛な
  • 158,724,69,2237神・覺園寺・寶戒寺・妙本寺・補陀落寺・光明寺・極樂寺・江島辨才天・杜戸明神・明
  • 1332,720,62,2236るさま想像すへし、由的は遁菴と號す、松永昌三の門人にして、のちに長州吉川氏につ
  • 512,716,68,2244自常陽路過鎌倉、歴覽名勝、令吉常記所見聞焉、丙辰秋、特遣河井友水如鎌倉と、是に
  • 746,713,63,2254撰人をあらはさす、卷末延寶二年甲寅五月としるす、引書目の下、延寶三年乙卯正月吉
  • 628,717,65,2245元常・井友水同校と書す、鎌倉志力石忠一か序を按するに、延寶甲辰夏、我水戸相公至
  • 905,1174,46,82寫本
  • 955,1188,36,69一册
  • 952,1223,39,36
  • 779,332,37,247撰人ヲアラハ
  • 688,331,42,254延寶二年トシ
  • 1791,327,40,260宇都宮由的撰
  • 734,336,37,73サズ
  • 1678,329,40,259寛文二年ノ記
  • 391,333,40,259鎌倉志ノ藍本
  • 646,337,36,72ルス
  • 1926,832,42,693編脩地誌備用典籍解題卷之二十三
  • 1932,2440,40,108一八六

類似アイテム