『大日本史料』 7編 5 応永8年5月~同9年12月 p.539

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奧州に向らる、五月廿一日、鎌倉を立て、赤館に赴きしに、城の要害きびしく、, 死するより外の事なし、とても遁れぬ我人の命を、何の仕出したる色もな, よし、鎌倉に告來る、是に依て、上杉右衞門佐氏憲に、七千よ騎をさしそへて、, く、やみ〳〵と捨なは、黄泉の底、修羅のちまたにおもむくとも、何をろ今生, にすへしとて、城の四方に柵をふり、寄手七千よ騎陣々をかためてそ居た, らす、馬には鞍をもをかす、弓には弦をもかけす、あるひは圍碁雙六をうち、, りける、城中是に氣を屈して、夜討をせんとすれども、寄手の用心たゆみな, けれはかなはす、とかくする間に、兵糧盡たり、今は此まゝ飢疲て、居なから, あるひは大酒に醉臥て居たりける、人々時の聲におとろき、すはや城中の, 勢をあつめて、赤館の城に楯籠り、近郷を放火し、兵糧を掠め、猛威をふるふ, に木戸をひらき、逆茂木をのけ、時を作りて関と打出たり、寄手は思ひもよ, の面目にせん、いさや切て出つゝ打死して果さんとて、城中二百よ騎一時, 切所を塞ぎ、壘を堅くしてこもりしかは、容易せめよせ難く、さらは兵粮詰, 同九年の春、奧州伊達大膳大夫入道某逆心をおこして、鎌倉に隨かはす、軍, 〔鎌倉管領九代記〕三伊達入道反逆, 兵〓攻, 應永九年五月二十一日, 五三九

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  • 兵〓攻

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注記 (18)

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