『大日本史料』 4編 4 建久3年3月~6年8月 p.731

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沙汰をしめ、, 其後、鎌倉のみならす、坂東諸國にも、大寺、大社に, あつかり沙汰をしなるへし、親王將軍の頃、北條時連、二階堂貞雄等、寺社奉, るなり、此堂社の奉行は、常日預れる所々の雜事を沙汰して、訴訟の裁判な, の守護、地頭なと、うけ給はり沙汰をしなり、其中にも、伊豆、箱根なとは、鎌倉, 近き所といひ、將軍家にも、ことさら崇敬ありし神社なれは、鎌倉の奉行人, 行に補をられしは、三代將軍の制にき、〓ゝかはり之、訴訟已下、何事によら, 社佛寺の名を負をて稱とし、數人を合をよへる時には、寺社奉行とツもを, 建久五年にいたりて、始めて藤原季時に命して、常日に寺社訴訟乃ことを, 奉行と之定まれ多職掌きなく、なへその奉行人の内より沙汰し來りしに、, 人を定め置れたり、こ〓き數人し之其ところ〳〵を分ち預る職掌なりけ, れは、人毎によはるゝ時にき、八幡宮奉行、勝長壽院奉行なと、各、其預れよ神, とにはあつからさりしとみゆ、されは訴訟す多奉行とは各別にて、寺社の, は、追々に、奉行をつ老らるゝ事となれり、されと、諸國なるき、大かた、其國々, 又、鶴岡八幡宮及鎌倉中御願所の寺院にき、各、奉行, 奉行人に、兩樣ありしをしるへし, は、某社預、某寺預なといふ, をは、寺社奉行と稱し、寺社を分ち預しを, 今のこゝろもてく思へは、訴訟を沙汰する, ○五月四日, ほとのたろひなる〓し、, 二、其條アリ, ニ兩樣ア, 寺社奉行, 其沿革, 建久五年十二月二日, 七三一

割注

  • は、某社預、某寺預なといふ
  • をは、寺社奉行と稱し、寺社を分ち預しを
  • 今のこゝろもてく思へは、訴訟を沙汰する
  • ○五月四日
  • ほとのたろひなる〓し、
  • 二、其條アリ

頭注

  • ニ兩樣ア
  • 寺社奉行
  • 其沿革

  • 建久五年十二月二日

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  • 七三一

注記 (27)

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