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思ふ, と、常に絶されはなるへし, 方を建置せられ、堂上、地下、十七人を以て、其衆に充られたり, 過ざりしを、爰にいたりて、往々人數を加倍せり、初め北條家其祀を絶し、公, 等を奉行する事も亦、建武の制度に異ならす、, に、かく數人を置れたるは、元弘大亂の後、公武何れも、勳勞ある者多きを以, し、但足利殿の時には、執務の事倍増せしかは、先代には、恩澤奉行一兩人に, 足利殿、武權を掌握あり, 家一統の政務に復せし時、まゝ武家の制度をも混用ありけれは、新に恩賞, し後も、暫くは、諸國全く靜謐に屬せさりけれは、恩賞の沙汰猶繁く、寺社領, て、恩賞の沙汰殊に繁し、剩、神社佛寺等に至るまて、新恩の地を寄附するこ, 〔外記補任〕四大外記, 正五上清頼元、博士、加賀守, 九廿四去職, 大外記正五上中師利、助教、備後守、, 大外記正五下中師治、掃部頭、直講、備後權介、正五、正五上, 權少外記清康基、左衞門尉、, 建武年間, は、恩澤奉行、寺社領を預り沙汰せし事、いまた所, 其旨趣往々寺社の舊記文書に見ゆ、鎌倉の世に, 記に見ゆ, 大外記中師利、元徳, ○九月十四日大, 見なしといへとも、祈念等の功によりて、新に寄附, 二年春日行幸行事, せらるゝをは、奉行せしこともありしなるへし, 外記ニ還任ス、, 依重, 服歟、, 賞, 讓, (〓, 建武元年五月十八日, 五七九
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- 建武年間
- は、恩澤奉行、寺社領を預り沙汰せし事、いまた所
- 其旨趣往々寺社の舊記文書に見ゆ、鎌倉の世に
- 記に見ゆ
- 大外記中師利、元徳
- ○九月十四日大
- 見なしといへとも、祈念等の功によりて、新に寄附
- 二年春日行幸行事
- せらるゝをは、奉行せしこともありしなるへし
- 外記ニ還任ス、
- 依重
- 服歟、
- 賞
- 讓
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柱
- 建武元年五月十八日
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- 五七九
注記 (34)
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