『大日本史料』 12編 8 慶長十六年三月~同年十月 p.835

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大使の, ば、旅館及び食事の設備善美を盡せり、, 久保外記殿にして、, に著し、夕刻江尻に至り、月躍日朝十時頃、駿河の大市に到著せり、ドン、フラ, ンシスコ、デ、ベラスコ, 大にして、市中及び附近各地より、南蠻人を見ん爲めに、來集せるものゝ數, 多く、大使以下殆んど寢食の暇なかりき、此地は、皇太子の秘書の領地なれ, といへり、大使は恩命を謝し、土曜日朝七時出發し、同日浦賀に著せり、, にして、同夜藤澤に泊り、翌金躍日夜、小田原に著せり、此市は、メキシコより, 其後皇帝の使者來りて、速に上府して〓見すべき旨の命を傳へたれば、同, 月二十九日、木曜日、浦賀を發して駿河に向へり、同伴せるは、老船舶司令官, 拂の爲め、船舶司令官父子の内、大使の好に應じて、一人を同伴せしむべし, の習慣にあらざる旨を答へ、彼に善き帽子を贈りて、此所を去り、午刻蒲原, ことを勸めたれど、皇帝に〓見する前、他人を訪問することは、イスパニヤ, 著せるとき、十歳許なる城主の一子、門外に出で迎へ、城に入りて休息せん, 土曜日、三島に泊り、翌日午前十時頃、大なる城ある市に來れり、此城主は、大, は、一行を市外に迎へ、宮城より、程遠からざ, ○田中勝, ルハ、蓋シ、沼津城主大久保思佐ノ誤リナラン, ○外記ハ大久保長安ノ子ナリ、コヽニ外記トア, 介ヲイフ, 江戸ヲ辭, 駿府ニ著, 慶長十六年九月十五日, 八三五

割注

  • ○田中勝
  • ルハ、蓋シ、沼津城主大久保思佐ノ誤リナラン
  • ○外記ハ大久保長安ノ子ナリ、コヽニ外記トア
  • 介ヲイフ

頭注

  • 江戸ヲ辭
  • 駿府ニ著

  • 慶長十六年九月十五日

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  • 八三五

注記 (25)

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  • 1099,612,57,1156ば、旅館及び食事の設備善美を盡せり、
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