『大日本史料』 12編 8 慶長十六年三月~同年十月 p.855

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げ、一同驚喜せり、村人は、今も彼を復活者と呼べり、予等は進みて、同日水戸, 大使は、直に皇太子の顧問官に到著を報じ、先づ浦賀に至り、然る後、再び江, の事を尋ねしに、彼は事實を語り、好遇を受け、多くの賃金を獲たる事を告, に至り、同所に宿泊せり、大なる城あり、皇帝の末子之を領せり、大使は急行, かしめ、又、政宗殿の領内に於て、多くの良港を發見し、此所に入港するイス, 其友を引き留め、之を殺して、虎の餌となせし由を告げたれば、大に悲みて, 出でゝ不在なりしが、その兩親妻子一族皆來りて大使を見、之を歡迎せり、, パニヤ船を好遇し、又、自領の民を基督教徒たらしむべき約を得たり、, して、十二月三十日に、江戸に安著せり、, 此行、大使は、沿岸各地の領主、及びその臣下と交際を結び、之を基督教に傾, 葬式を營めり、然るに、數日の後歸郷せしにより、再生せしものと思ひ、彼世, 始め同船の漁夫等、歸村せしとき、彼の家族等之を詰問せしに、暴力を以て、, 戸に來りて、皇太子に〓見し、發見したる諸港の繪圖を呈せんと欲する旨, 此日、領内の他の町に至り、日々進行して、終に來航の際到著せし、フグナハ, に至れり、曩に水先案内として、船に引き留めしものは、漁りに, ○久慈濱, ナラン, 著ス, 江戸ニ歸, 大使巡行, ノ結果, 慶長十六年九月十五日, 八五五

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  • ○久慈濱
  • ナラン

頭注

  • 著ス
  • 江戸ニ歸
  • 大使巡行
  • ノ結果

  • 慶長十六年九月十五日

ノンブル

  • 八五五

注記 (23)

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  • 1218,612,60,2219の事を尋ねしに、彼は事實を語り、好遇を受け、多くの賃金を獲たる事を告
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