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び大官の書、并に兩大使の書をイスパニヤ大使に呈し、日本の事、使節の事、, パニヤ大使、并にイスパニヤ出身のカルヂナル等に贈る書翰を作らしめ, 問して、その到著を報じ、名譽の待遇をなし、その便宜を圖ることの必要を, 安著を賀し、その家に招けり、大使は、小舟にて上陸し、司令官の家に至り、同, の法王廳附事務員と共に、馬車に乘りて、チボリに行き、イスパニヤ國王、及, び、之をその家に宿泊せしめんと欲し、一隊の兵士を率ゐ、大使を訪問して、, 許可を得んと欲し、同夜アマチに命じて、法王。カルヂナル・ボルゲーゼ。イス, チノに赴ける由を聞き、アマチは、フライ・フワン、及びサン・フランシスコ派, 説きたり、司令官セベロロは、之を聞きて、遠國より使節の來れることを喜, 使節の一行、チビタベッキヤの港に著せし時、アマチは、同所の司令官を訪, 朝右の書翰を携へて、ローマに赴けり、ローマに著して、イスパニヤの大使, 夜〓宴に臨めり、大使は、その來著を報じ、ローマに至りて、法王に〓見する, 使節ゼノアを發してチビタベッキヤに著せし事, は、チボリにあり、法王は、カルヂナル・ボルゲーゼの所領なるモンテ・フオル, たり、アマチは、パードレソテロの兄弟なるフライ・フワン・タテロと共に、翌, べろろノ, つきや著, 發ス, あまちろ, ーまニ先, 司令官せ, 厚遇, ちびたべ, 慶長十八年九月十五日, 二三五
頭注
- べろろノ
- つきや著
- 發ス
- あまちろ
- ーまニ先
- 司令官せ
- 厚遇
- ちびたべ
柱
- 慶長十八年九月十五日
ノンブル
- 二三五
注記 (25)
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