『大日本史料』 12編 12 慶長十八年九月(支倉常長訪欧関係史料) p.259

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ひて進みしが、途中イスパニヤの大使ドン・フランシスコ・デ・カストロの家, めたり、家臣等は到著の上、カルヂナルの書翰を交付し、カルヂナルの名を, 轄内なるパリドロに於て、晝食の郷食應を受け、次で馬車に乘り、ローマに向, でゝ、その足に接吻したり、法王は之を優遇し、通辨を介して種々の談話を, 家人を多く出して、接待に當らしめたり、翌日一行は、サント・スピリトの管, に招きたり、同所に於ては、兵士等は整列して之を迎へ、銃を發して敬意を, にローマ市に入れり、時に十月二十五日なりき、イスパニヤの大使は、使節, 表し、城よりも亦數發の祝砲を發せり、同夜鄭重なる〓應を受け、サント・ス, 人數名の乘りたる馬車、及びカルヂナル・ツァパータの馬車に迎へられ、共, アラチエリに於て下車すべしと聞き、同所に市内用の馬車を遣したるが、, 一行は到著するや、直ちに、モンテ・カバルロの宮城に導かれ、法王の前に出, ピリトの長モンシニヨル・カンポリは、接待員の多かりしに拘はらず、その, 以て、同夕サント・スピリトの病院の所在地なる、サンタヽセベラ城の晩餐會, の驛馬、及び馬を牽きて、ドクトル・アマチと共に、チビタベッキヤに赴かし, に命じ、大使等の爲めに旅行用の馬車一輛、隨員の爲めに三輛を調へ法王, 宮ニ於テ, ろーま市, 法王二〓, 歡迎ノ準, きりなる, 二入ル, 大使一行, 見ス, 右衞門等, 備, 慶長十八年九月十五日, 二五九

頭注

  • 宮ニ於テ
  • ろーま市
  • 法王二〓
  • 歡迎ノ準
  • きりなる
  • 二入ル
  • 大使一行
  • 見ス
  • 右衞門等

  • 慶長十八年九月十五日

ノンブル

  • 二五九

注記 (27)

  • 891,642,53,2194ひて進みしが、途中イスパニヤの大使ドン・フランシスコ・デ・カストロの家
  • 1702,647,58,2195めたり、家臣等は到著の上、カルヂナルの書翰を交付し、カルヂナルの名を
  • 1004,634,58,2207轄内なるパリドロに於て、晝食の郷食應を受け、次で馬車に乘り、ローマに向
  • 307,630,59,2197でゝ、その足に接吻したり、法王は之を優遇し、通辨を介して種々の談話を
  • 1122,632,56,2209家人を多く出して、接待に當らしめたり、翌日一行は、サント・スピリトの管
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