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紀伊・大和をいふ、是も元祿二年京より南方にゆかんとて、二月十日東洞院の舍を出て、, し所々のありさまを思ひ出るもなつかしと云、丹波老の坂、福智山、與謝郡内宮外宮、, 丹後天橋立、空印寺、近江竹生島明神、皆圖を載たり、南遊紀行、山城・河内・和泉, 五州を遊觀して廿三日に都に入、男山八幡宮、河内田原谷、岩船、天川、まんたか池、, 皆圖を載たり、拾遺續諸州めくりの記といふ、, 美濃關か原より越前敦賀へ行道の記、敦賀より京への道、, す、是亦元祿二年三月のことなり、, 井上氏通女撰、井上氏その藩主京極氏の母に江戸に侍する事九年、その母歿後丸龜に歸、, 和泉國蟻通明神、吹井の浦、紀伊淡島明神、紀三井寺、高野山、大和國赤坂、玉祖明神、, 攝州島上郡、金龍寺、古曾部、伊勢寺等の事を記し、又播州高砂より室まての道里を記, 歸家日記一卷, 是記すなはちその時あらはせる所、元祿二年六月十一日江戸の邸を辭し、廿九日家に歸, 下卷, 上卷, 寫本, 一册, 續諸州めぐり, 井上通撰, 藩主京極氏ノ, 伊大和遊覽, 侍セル後丸制, 母ニ江戸ニテ, の記, 城河内和泉紀, 元祿二年ノ山, 南遊紀行, ニ歸レル〓曰, 遊紀第二, 二〇三
割注
- 寫本
- 一册
頭注
- 續諸州めぐり
- 井上通撰
- 藩主京極氏ノ
- 伊大和遊覽
- 侍セル後丸制
- 母ニ江戸ニテ
- の記
- 城河内和泉紀
- 元祿二年ノ山
- 南遊紀行
- ニ歸レル〓曰
柱
- 遊紀第二
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- 二〇三
注記 (29)
- 1672,709,67,2264紀伊・大和をいふ、是も元祿二年京より南方にゆかんとて、二月十日東洞院の舍を出て、
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