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釋法源撰、法源攝津國某寺に住し、元祿某のとしをもて江戸に下る道の記なり、, あるを引り、案るに、攝陽群談に此歌を本州池田のうたとなす、歌の意、地の變革を詠, 集・參議集のかたに、そのかみの里は川瀬となりにけりこゝも池田のおなし名なれはと, したれは、遠江とするもの理ありといふへし、また同し所に、ゆや親子の墓は此里にあ, り、むかしは鷺坂にかゝりてこれより北のかたをゆき、今は中泉にかゝりて是より南の, こゆると見へたり、今はごゆにかゝりてよしたにゆくとしるせり、池田の里に、夫木, は三河のふた道とてわかれ路あれと、末はひとつになるとかや、長明か是よりほん野に, 釋如向撰す、如向京師人、元祿丙子三月京を出しより江戸に到るまての道々、名勝・古, かゝり、豐川にゆくと見へたり、阿佛は是よりわたかつにかゝり、しらすかのわたりを, 蹟・神社・佛宇等を記せるもの也、又往々自から作れる所の詩歌を載、, 大江のきしより山崎にゆくとしるしはしめ、佐夜中山に終る、三河路の下に、いにしへ, かたをゆくなり、そのさきさかは足利直義、新田義貞と戰、矢〓の軍破れてひかれし所, 武藏野路艸三卷, 上卷, 三册, 刻本, 等ヲ記ス, 如向撰, ル道ノ記, 元祿九年京ヨ, 法源撰, リ江戸ヘノ途, ヨリ江戸へ下, 次ノ名勝古蹟, 大江ノ岸ヨリ, 佐夜中山, 元祿年間攝津, 編脩地誌備用典籍解題卷之二十四, 二一二
割注
- 三册
- 刻本
頭注
- 等ヲ記ス
- 如向撰
- ル道ノ記
- 元祿九年京ヨ
- 法源撰
- リ江戸ヘノ途
- ヨリ江戸へ下
- 次ノ名勝古蹟
- 大江ノ岸ヨリ
- 佐夜中山
- 元祿年間攝津
柱
- 編脩地誌備用典籍解題卷之二十四
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- 二一二
注記 (29)
- 1312,723,61,2046釋法源撰、法源攝津國某寺に住し、元祿某のとしをもて江戸に下る道の記なり、
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