『大日本近世史料』 編脩地誌備用典籍解題 5 p.256

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に歸るまてを記す、その間みつから作れる詩若干首をのせたり、, 日墨股に赴、七日竹鼻、八日古城墟を見、九日尾州に赴、八月五日府下を發し、上加納, 者、賜白金有差、三日邦君發赴東都、曾有編集濃州事跡之命、千廷美爲之總裁と、五月, 五月廿八日出宅、津島に到るより、六月二日養老山にいたり、三日大垣、四日笙嶽、五, にや、蓋是書その濃地を巡覽するにより經る所をしるせるもの、おのつから紀行をなす、, 廿七日西征に及て廷美か餞の作あり、おもふに、府志の總裁松平太郎右衞門秀雲か紀行, 曰まて、土岐・惠那二郡を記す、次に西濃紀行、甲戌十月八曰より廿八曰、岐阜を出府, 上卷, 十九日尾州にかへる、次に癸酉三月廿六曰より四月六日に至、武儀郡を記、六月廿七日, 十四日大野郡、十五日池田郡・不破郡を經、十六日伊吹山・關原、十七日南宮山に到り、, より七月に至る、武儀・加茂二郡をしるす、, 瑞龍寺、七日岐阜城山に登、八日又岐阜寺社を巡〓し、九日眞福寺、十日谷汲山華嚴寺、, 撰人をあらはさす、卷首に、壬申三月朔日張州府志成、獻納東觀、命賜食邑、門人助其業, 下卷, 八月六曰より十七曰まて加茂・可兒二郡を記す、次濃州紀行、甲戌三月廿曰より四月一, 松平秀雲ノ濃, 地ヲ巡覽セル, 紀行ナラン, サズ, 撰人ヲアラハ, 編脩地誌備用典籍解題卷之二十四, 二五六

頭注

  • 松平秀雲ノ濃
  • 地ヲ巡覽セル
  • 紀行ナラン
  • サズ
  • 撰人ヲアラハ

  • 編脩地誌備用典籍解題卷之二十四

ノンブル

  • 二五六

注記 (22)

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