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六萬部寺縁起、其書を双鈎にしのせたり、, 山より堀出せる石人の圖を載、廿一日吉奈村より堀出せる舍利瓶の圖及ひその記を載、, に觸たる奇勝、別に其圖をあらはす、内浦の圖、蟾踪石の圖、扇巖石の圖、田子石の圖、, よしの制札の寫おも載たり、廿六日修善寺の下、伊奈熊藏下知状の寫を載、三月十二曰, 富永二人へ賜ふ感状及ひ湯原清雲寺にある天正六年政家とある古文書の寫を載、十七日, 下田村寶福寺にある朝鮮國より來りし謝状、文和二年尊氏と書したる文書の寫を載、五, 圖、辨慶石の圖、手石洞の圖、石廊山の圖、皆その小記を附、, 月十一日中島村伊達氏藏せる治承四年と有源頼朝寄進状の寫を載、卷末に經歴せし間目, 下卷, おさめし法華經八卷にそふる和歌、その寫を載、八日西土肥の下、關氏藏したる武田晴, 信自筆の状を鈎して載、九曰八幡のやしろにある足利基氏廻文、織田信長より川井, 長濱村長濱神社にて得たりし曲玉の圖を載、十六曰栢谷村六萬部寺の下、僧元政か書る, 洗巖門の圖、白根石の圖、小幕巖の圖、塔巖の圖、三足石の圖、蓑掛石之圖、上人巖の, 四月朔曰より五月十九日家に歸りしまてをしるす、四月三日三島神社にある烏丸光廣の, 又大仁村農五郎左衞門藏せる小田原陣のとき豐臣秀次、木村常陸介に命してかゝせたる, 石人ノ圖, 編脩地誌備用典籍解題卷之二十五, 二九六
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- 石人ノ圖
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- 編脩地誌備用典籍解題卷之二十五
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- 二九六
注記 (18)
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