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跡的々于心目、臥遊圖不啻、嗚呼小礒殆姑姉於阿佛尼者乎といふに到れり、, 富士日記一卷, 前氏に嫁するに從ひ松前にいたる、息女卒して後辭して京に歸る、是記すなはちその歸, りしは甲州路を高井戸に入となん、卷末に、かのくにのうすひきうたとてきゝたりしか、, せる淺間のみやつこ刑部國仲にはやう契りおきたれは、かりそめの〓よそひして供とす, る人ひとりかいつれて、よのあくるころほひ龜島のやとりをいて、我のほらんとするふ, もとは甲斐國鶴郡なりと書はしむ、山中の事頗るこまかに記せり、八月十二日江戸に歸, 儉跋に、女流記遠遊阿佛有十六夜曰記、僅留相武之間耳、令讀此記詳奥羽之東、名山陳, 路經歴せる所々を記す、寛政庚戌從三位源家具序及阿波源義根序、三浦義儉跋あり、義, 加茂季鷹撰、寛政二年七月十八日富士に登りてみんとて、かの山のふもとにしつもりま, 小礒氏撰、小礒氏京都人、岡某の妻、そのいまた岡氏に歸せさる、花山院右府の息女松, 奥乃〓海一卷, いにしへの今やうめきておかしくおほへけれは、かきとゝめつとて、むきつき歌・田う, 刻本, 寫本, 一册, 一册, 寛政二年富十, 加茂季鷹撰, 花山院右府ノ, 具選等序, 京へ歸ル途次, 經歴セル所々, 息女ニ從ヒテ, 松前ニ至リ後, 登山ノ記, 寛政二年岩倉, 小礒氏撰, ヲ記ス, 三浦義儉跋, 麥搗歌, 田植歌, 編脩地誌備用典籍解題卷之二十五, 二九八
割注
- 刻本
- 寫本
- 一册
頭注
- 寛政二年富十
- 加茂季鷹撰
- 花山院右府ノ
- 具選等序
- 京へ歸ル途次
- 經歴セル所々
- 息女ニ從ヒテ
- 松前ニ至リ後
- 登山ノ記
- 寛政二年岩倉
- 小礒氏撰
- ヲ記ス
- 三浦義儉跋
- 麥搗歌
- 田植歌
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- 編脩地誌備用典籍解題卷之二十五
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- 二九八
注記 (34)
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